「君がいれば、僕は幸せなんていらない」

 夜の静寂の中に小さな声が聞こえて、うとうとと微睡んでいた僕はその声で意識を引き戻された。次いで衣擦れの音がしたかと思うと、背中が何かに触れてじんわりと温かくなった。そのまま身体に何かが回ってくるのを感じたけれど、僕はすぐにそれが後ろにいるユーリのものだと解った。熱の冷めかけた身体に感じる素肌と体温が気持ちいい。

「どうしたんだい?ユーリ。君がそんなことを言い出すなんて珍しいね」

 お腹に回った手を撫でながら言うと、ユーリは無言で素足を絡めてきた。そして、キッと背中に鈍い痛みがはしる。あぁ、噛まれたんだ。痕になっちゃうなぁ、と僕はぼんやり考えた。まあ新しい痕が一つ増えたところで、最中につけられたものが山ほどあるから今更どうということはないんだけどね。
 ユーリは最後に発した一言以降、何も言わなかった。ただ、絡めた脚とくっついた身体はそのまま。彼は背中側にいるからどういう表情をしているのか解らない。珍しくユーリが自分からこうして甘えてくるものだから、何かあったのかな、と僕は考えを巡らせた。もしかすると、さっきの言葉と無関係ではないのかも。
 ひょっとして、最近任務が忙しくてずっと会ってなかったせいなのかな?確かに最近、顔を合わせること自体も少なかった気がする。彼とはよくセックスをしていたけれど、それ自体もこういう風に一緒に寝ることも本当に久しぶりだ。
 そのせいで彼を不安にさせた?だから、ユーリはあんなこと言ったのかな。

「ねぇ、ユーリは今幸せじゃない?」

 僕は、ユーリの腕を解いて寝返りを打った。彼は僕が急に動き出したのが予想外だったのかもしれない。驚いたような顔をしていた。いつも余裕な笑みを浮かべている彼の滅多に見せない表情一つ一つが、本当にキュートで愛おしい。正面に向き直ると、僕は自分より一回りも小さな身体をぎゅっと抱き締めた。

「僕は幸せだよ。君といるのが幸せ。僕は君と幸せになりたい……それじゃ、ダメかな?」

 闇に浮かぶ、吸い込まれそうな程綺麗なヴァイオレットの光を見ながら僕は笑いかけた。
 ユーリが自分自身の幸せよりも僕を選んでくれるのはとっても嬉しい。だけど、それで彼を不幸にしてしまうのは僕が望む形じゃない。エゴかもしれないけど、ユーリには幸せになってほしいんだ。選ばれた僕にできるのは、彼に幸せだと言ってくれるように頑張ることしかないんだ。
 言葉にしてそんなことを言おうと思ったけど、敢えて僕は言葉の代わりに彼の小さな額にキスをした。精一杯の愛しさと、願いを込めて。
 なんとなくその方が彼に伝わるような気がしたから。言葉じゃなくて、僕の本気の心が。

「……デニス」

 ユーリは瞳を揺らしたかと思うと急に眼を閉じて、僕の両頬を手で押さえてきた。そこからくっと引っ張られて唇同士が触れ合う。どうやら僕の答えは彼にとって『正解』のようだった。僕は笑って、正解のご褒美に集中するため眼を閉じる。
 ユーリからキスするときはいつも少し乱暴だった。彼は基本的に何事も器用にやってのけるんだけど、キスはまだ照れ臭さが抜けないみたいで、唇を合わせるのも舌を吸うのも勢いに任せているところがある。僕はそんな幼いユーリが愛おしいし、もっとキスしたいからゆっくりとリードしてあげるんだ。そうすればほら、彼もゆっくり僕の唇と舌を吸ってくれる。柔らかい粘膜を探りあって、吐息を混ぜあっていくうちに気持ちよさとはまた別のなにかが込み上げてくるのを感じた。このままユーリを食べたいし、彼に食べられたいとも思った。

「ユーリ…またしたくなっちゃった」

 最後に一度彼の唇を吸って指をそこに当てると、フン、とユーリが満更でもないように鼻を鳴らして僕の首元に顔を埋めた。そしてまた、かりっと軽く肌を噛まれる。僕がユーリのものである証がつく。こんなに痕をつけられたんじゃ、むしろ明日鏡を見るのが楽しみだね。
 痛みが幸福感に変わっていくのを感じながら、僕は短い息を零すのだった。



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フォロワーさんのお題「君がいれば幸せなんていらない」をお借りして書いたものです。
とうとう逆カプを!!と思ったのですがやっぱりヤり始めるとデニユリになるのでどちらとも取れる感じにしました。
色んなパターンが考えられてほんとデニスとユーリ沼です……でも結構ユリデニに近くて、潜在的に支配しあってる二人が好きかもしれません。
まあ結局甘々になるんですけどね!
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