罪の欠片


 ちゅ、ちゅっ、と軽快な音を立ててキスをされる。僕はその音とユーリの唇を感じる為に目を閉じる。彼とセックスする中でも一番好きな時間だ。
 ユーリのキスはとっても気持ちがいい。小さくてキュートな唇が一生懸命僕の色んなところを愛してくれる。その音は小鳥の囀りみたいで、まるでキスを通して僕に話しかけてくれてるようだと思う。

「…デニスの喉って、美味しそうだよね」

「ん?何を言い出すんだい…」

 ぽつりと聞こえてきたユーリの言葉に、僕は咄嗟に目を開いた。何かのジョークだと思ったけど、目の前にいた彼はじっと紅色の瞳を光らせて、僕の顔じゃなくて少し下ーー多分、首の辺りを見ている。

「プロフェッサーがくれた本で読んだんだけど、この喉の膨らみはその昔人間が罪を犯した証なんだってさ。リンゴの欠片があるんだって?」

「それはアダムとイヴの話かな?」

「詳しくは知らない。だけど、デニスにもあるんだね。罪の欠片が」

 ユーリが笑う。クスクスと楽しそうに笑う。その顔は幼いのにどこか妖艶で、色っぽいのにあどけない。彼は不思議だ。仕草一つでこんなにも魅入られる。
 彼に見とれていたら、咄嗟に反応が遅れてしまった。つつ…と喉のラインに沿って指が這う感触で、僕は触られてることに気がついた。

「ここを裂いたら、中からリンゴが出てきたりしてね」

「ハハッ……バッドジョークはよしてくれよ」

 本当に、心臓に悪いジョークだ。茶化してみたけど、ユーリは何か言う代わりにふふっと笑うだけだった。
 そして、スッと一瞬のうちに顔が見えなくなった。次に感じたのは、ぬるっと濡れて柔らかい何かが首もとに這う感触。少し遅れて、喉を舐められてる、とようやく察した。
 まさかね……そう思うけど、実際彼が何を考えてるのかは解らない。頭の中を覗くことなんて出来やしないから。何たって彼は邪魔者を気紛れにカードにするような子なんだ。気紛れに、僕の喉元を…なんてあるかもしれない。

「は、っ……」

 ユーリは暫く僕の喉元を舐め続けた。顎から首の付け根まで行ったり来たりしたり、円を描くように喉の膨らみを舐められたり。気持ちいい、のかもしれないけど、何故だか息が詰まっていつの間にか身体に力が入ってるような気がする。
 僕、もしかして緊張してる?
 それもそうだ。僕は今急所とも言える場所をユーリの唇に委ねてる。一度彼が何か思い違いを起こせばーー僕は死ぬかもしれない。本能が勝手に身体を固くして、守ろうとしているんだろう。
 でも、ユーリを退かしたり止めさせたりしないのは一体何故なんだろう?

 ねぇ、ユーリ。君がもし人間じゃない何かだったとしたら、僕を裁くために人の形をして現れたのかい?

 僕の喉にあるこの膨らみが、アダムのリンゴだというのは僕も知ってる。アダムとイヴは楽園で愛し合ってたけれど神の言いつけを破ったから、楽園から追い出された。その罪の欠片がそこにあるらしい。
 だから人間は生まれながらにして罪深い生き物なんだって。なんとも不条理な話だ。でも、だから人間は罪を犯してしまうのかもしれない。
 僕は今までたくさん罪を犯してきた。人を裏切りもしたし陥れたりもした。嘘なんていくつ吐いたかわからない。ユーリ…君にもたくさん嘘を吐いてる。僕は、元に戻れない所まで堕ちてしまっている。

 ねぇ、ユーリ。君がもし裁いて終わらせてくれるなら、僕はもう生きることに苦しまなくていいのかな。

 ふと、喉元に何か固いものが当たった。僕は直ぐにそれがユーリの歯だと解った。僕はゆっくり目を閉じる。そして、彼の断罪を待つ。

「……何ビビってんの?」

 一瞬、僕は天に導かれたと思った。
 けどそれは思い過ごしで、目を開けると天国から迎えに来た天使ではなく、同じ人間のユーリが不思議そうな顔で僕を覗き込んでいた。バックにある天井は僕が目を閉じる前に見たものと同じだ。
 ユーリは僕と目が合うと、プッと吹き出した。

「フ……フフッ……すっごい顔!僕が喉を食い破って殺すとでも思った?アッハハハ!馬鹿だね!」

「もう、勘弁してくれよユーリ。でもね…君になら、いいかなって、少し思ったんだ」

 ユーリがあまりにも笑うものだから、僕は苦し紛れにそんな言い訳をするしかなかった。恥ずかしい。今までそんなこと思ったことなんてなかったけど、ユーリのその憎たらしい顔を見たら何故だか顔を逸らしたくなった。
 さっきまで一体何を考えてたんだろう、僕は。

「まだまだやって貰わなきゃいけないことがあるんだから、そう簡単に死なれたら困るんだよ」

 ユーリはそう言うと、僕の胸に頭を擦り付けてきた。彼は何も言わないけれど、これは甘えたいっていう合図。僕は腕を伸ばして彼の頭を撫でる。
 もしかしたら変なことを言って不安にさせちゃったかな?なんていう僕の予想はぱっと覗き込んできた彼の笑顔に壊されてしまった。

「でも死にたくなったら僕に言ってよ。他の奴に殺させたりなんかしたら許さないから。死の淵から引き摺り戻して、僕がもう一回きっちり殺してあげる」

 ニッコリと口の端を上げて、まるで旅行の予定でも立てるように楽しそうに言う彼のその言葉に、僕は震えればいいのか、はたまた喜べばいいのか。でも一つ確かなのは、彼はまだまだ僕を罪から解放してくれないみたいだということ。

「はは、怖いなあ。大丈夫、僕はまだ死ぬ予定はないよ。やることがたくさんあるんだから、おちおち死んでなんかいられないよ」

 ユーリは僕の答えを聞くと、ふわりと顔を緩めた。いつもの得意気な笑みとはまた違う、いつもは上がった眉が少し下がって、ちょっとだけ安心したような顔だ。
 ああ、やっぱり…。僕は何も言わずに彼の顔を引き寄せてキスをした。ごめんね、って言葉を唇に乗せて、キスを通して彼に話しかける。
 キスが終わったら、今日はたくさん愛してあげるね。
 僕はそっと、上にいるユーリの身体を抱き締めた。

 ねぇ、ユーリ。 僕はきっと、生きている限りこれからも罪を重ね続けるだろう。そしていつか、もし僕が楽園を追われたら、その時は君の手で終わらせて欲しい。
 罪で塗り潰された僕の人生で、君に出会って幸せだったことは紛れもない真実だから。




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デニスの喉仏が最高にエロスで好きなんです!ていうのをぶつけたくて書き始めたのになんとも恥ずかしいSSになってしまいました。

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