親友愛


 頬と唇に一つずつ口づけを贈ると目の前のひとは官能的な吐息を吐いた。

 君ならばどんな反応をする?

 敏感な茂みを指で割り、中を探ると目の前のひとは甘い声を上げた。

 君の声はどんな色をしている?

 興奮に猛った自身を埋め込み、抱いた身体を揺さぶると目の前のひとは歓喜にうち震えた。

 君は私の腕の中でどんな姿を見せてくれる?



「何だか、うわの空ね」

 行為が終わった後、背中に投げ掛けられた言葉。ドルベは彼女を見ず着替える手を止めないままに言葉を返した。

「…そうだったか?」

「とても気持ちよかったけど、なんだかあなた考え事をするような顔してた」

「君をどう乱れさせるかを考えていたんだ」

 内心を悟られないようにととっさに心にもない言葉を吐く。しかし彼女には全く効果がなかったようで、取り繕った言葉は嘘でしょ、との言葉に一蹴されてしまった。女の勘は鋭いとは言うが、あれだけ乱れている中でもよく観察をしているものだとドルベは動揺するどころかむしろ感心の念さえ覚えた。
 彼女はクスクスと笑い、まあいいわ、と乱れた髪をかき上げた。

「今日は朝まで?」

「すまないが、別の予定があるんだ」

「こんな時間から?私みたいな子があなたを待っているのかしらね」

「さあ…待ってくれていると嬉しいけど」

「あなたの本命?恋人?」

「私は特定の恋人を作らない主義なんだ。戦場で生きているから重荷になる」

「そう…でもあなたにそんな顔をさせるような人なのね。羨ましい」

「………」

「まあどっちでも、私には興味ないわ。ねぇ、またここに来てくれない?あなたのセックス気持ちよかったわ。また抱かれたい」

「どうだろうな。私が死ななければ」

「悪い冗談だわ」

 簡素な挨拶を終わらせるとドルベはベッドの上で妖艶に笑う彼女に別れを告げ、部屋を後にした。宿の表にある小屋に愛馬を繋げてある。待たせてすまない、と背を撫でると彼はドルベに甘えるように鼻を擦り寄せた。小屋に繋いであった綱を解いて股がり、ドルベは彼を夜空へと走らせた。



 朝の光が窓から差し込む。ナッシュはその眩しさに瞼を震わせて、ゆっくりと眼を開いた。
 今日もいつもと変わらない朝が迎えられた。太陽と共に目覚め会議と執務をこなし、国内の視察をすればあっという間に一日が終わる。そうやってナッシュはこの国を見守り、日々を過ごしている。変わらぬ日々ではあるが、その平安があるのは感謝するべきことなのだ。
 あくびをしながら寝間着を脱ぎ着替えていると、ふとナッシュの耳に微かな音が届いた。

「誰だ?」

 物音は窓の方から。ナッシュは起き抜けで鈍っていた意識を瞬時に覚醒させ、警戒した。ベッドの傍らに置いてある剣を取り窓の方を睨み付ける。が、ナッシュが窓越しに捉えた姿は見覚えのあるものだった。

「ドルベ…?」

 剣を置いて速足で窓の方へと歩み寄り、ガチャリと鍵を開けると外気と共に旧知の友であるドルベが部屋へと足を踏み入れた。彼は少し肩で息をしながら眼を細めてナッシュに近づき、ふわりと抱き締めた。

「会いたかった…」

「お前、どうしたんだよ?こんな朝から」

 突然の彼の行動に度々驚かされながらも、ナッシュはもう慣れたスキンシップを享受する。背中に腕を回して抱擁を返し、ぽんぽんと彼の頭を撫でた。

「休暇を頂いたんだ。それで、君に会いに来た」

「何だ、それにしては大袈裟だな。その様子だと夜通し飛んできたんだろ。1日置いてゆっくり来ればいいものを」

「一日でも早く、君に会いたいと思ったんだ」

 何かあったのかと身構えていたが、予想外のドルベの言葉にナッシュは思わず拍子抜けしてしまった。
 ドルベがいるのはナッシュの治める国からはかなり離れた大陸の国。彼が度々故郷に戻ってくることができるのは千里をも一日で駆ける天馬がいてこそ。それでも長旅の労力は絶大なものである。
 そんな中で彼が急に天馬に乗ってわざわざ会いに来たのは只事ではないとナッシュは思ったのだが、彼が言うのはただ自分に会うために夜通し飛んできたという取るに足らないような理由であった。恋人なんかじゃあるまいし。真面目な顔をするドルベが何だか滑稽に思え、ナッシュは腹の底からむずむずとした感情が湧き上がるのを感じてぷっ、と吹き出した。

「それはそれは、ご苦労だったな。よく事故なんかを起こさずに来れたもんだ。俺はこれから仕事だから部屋でゆっくりしてるといい。あと湯浴みに行ってこい。汗臭い」

「っと…すまない。ナッシュ、度々ありがとう」

「俺とお前の仲だろうが。構わねーよ」

 ドルベはナッシュを解放し手荷物など諸々を置いて部屋に設えてある簡易的な浴室へと向かった。汗に混じり、彼の首筋から汗に混じりなにか香水のような、甘い香りがふわりと漂った。



 ナッシュのベッドを借りて悠々と眠った後、ドルベは本を読んでいた。しかし内容は全く頭に入らず考えるのはナッシュことばかり。久しぶりに会えた時には昔からの癖でよく抱擁や頬擦りなどのスキンシップをするのだが、今朝抱き締めた彼の身体からなんとなく以前にはなかった甘い色香のようなものを感じ取ったのは果たしてドルベの気のせいだっただろうか。

 昨晩酒場で知り合った女性を抱いた時ドルベの脳裏に浮かんだのは間違いなくナッシュの姿だった。昨日だけではない。このところ誰かを抱く度に必ず彼が思い出され、目の前の女性をナッシュに擬して抱いているような錯覚さえ覚える。勿論ナッシュは男であり彼女達とは身体からして似ていることなど一寸もない。何故、そのような投影をしてしまうのかドルベ自身にもわからなかった。
 悶々とドルベが考え事をしていると部屋の扉が開き、ナッシュが姿を現した。

「終わったのか?」

「ああ、今日の分は終わりだ」

「お疲れ様」

「これから夕食だ。その後湯浴みに行く。お前も来い」

「え…」

 いつもならナッシュの誘いとあらば二つ返事で承諾するのにも関わらず、ドルベは咄嗟に応えられずに口ごもった。それもそのはず、先程までナッシュについてあらぬことで悶々と頭を悩ませていたのだ。彼の誘いはドルベの度肝抜いた。
 そんな驚き惚けた顔をしているドルベに何を思ったのか、ナッシュは眉間に深い皺を刻んだ。

「お前はまだ身分がどうとか余計なこと考えてるのか?俺とお前の間には身分なんか存在しねぇって何度も言ってるだろ。それとも今更、俺と同じ湯には浸かれねぇってか?」

「あ、いや……君の好意はよく解っている。何でもない。せっかく君が言ってくれるのだから頂くとするよ」

 鋭い剣幕のナッシュにたじたじと額から汗を流しながらドルベは答える。それを見てわかったならいい、とでも言うように彼はフンと一つ鼻を鳴らして部屋を後にし、ドルベも彼に続いた。

 本来ならば王の眷属以外入ることができない浴場にドルベが入れるのは他でもない友であるナッシュの計らいであり、この他にもドルベの身分では赦されないことを彼は度々赦している。
 大理石の白を基調とし、豪華絢爛という程ではないが作りに拘った立派な浴室。熱い湯気で満たされ、洞窟に迷い込んだと思わせるような広さだ。
 二人は揃って身体を洗い、浴槽に浸かった。数十人はゆうに入れるところを今は二人で使っているのだから、かなり広い。

「あぁ、気持ちいいな。日頃の疲れが癒されるようだ」

 ドルベは浴槽のなかで思い切り手足を伸ばして寛いだ。度重なる戦や鍛練で緊張した筋肉も心も解し癒されてゆくような心地を覚えて思わず顔が緩む。自分の家で寛ぐかのようなドルベにナッシュも笑い、脚を伸ばして寛いでいる。

「ところでお前、恋人でもできたか?」

「?…何故だ?」

「今日朝会ったときお前からいい匂いがしたんだよ」

「…昨日酒場に行ったから、そこで匂いが移ったのかもしれないな。恋人なんていないよ」

 咄嗟にナッシュの方から目を逸らして事実を覆い隠すようなことを言ったのはあまりにも世間話をするかのように淡々とナッシュが聞いてくるからだ。彼はドルベが何人もの人間と一夜だけ、身体だけの関係を持っていることは知らない。ドルベにとっては合理的なことであるし別段やましいこととは思ったことなどないが、純粋な彼に対してはなぜか、どこか後ろめたいような気持ちが芽生えた。
 ナッシュはドルベの様子を特に気にするようなこともなく世間話を続ける。

「作る気はねぇのか」

「ないな。私は戦場で生きる身だ。色恋にかまけている暇などないよ。それに、君にこうして会える時間を削りたくない」

「そういうことは俺じゃなくて女に言えよ」

「君こそ、そういう話はないのか?」

「ねぇな。考えたことねぇしピンとも来ねぇよ。俺にはまだやることがある」

「そうか。いずれ君の妻になる者はさぞかし光栄なことなのだろうな…」

 ちらりとドルベはナッシュに目を向けた。先程は自分も彼も身体を洗うことに集中して見ていなかったが、改めて見るとなんとも美しい身体をしている。
 室内での執務が多いせいか余り焼けていない白く透き通るような肌が熱で上気してほんのりと紅く染まっており、髪を結い上げているため普段見えない首筋や耳元まで染まっているのがドルベの前に晒されていた。程よく筋肉が付き起伏を刻んだ身体は女性的と言えるようなものではないが一種の造形美を見ているようだ。今までに何度となく見てきたはずなのにどうして今更、とナッシュの身体をドルベはまじまじと見つめた。
 その時ふと彼が結婚すればこれが誰かのものになるのだと思い至り、腹の底から何か得体の知れない感情がじわりと滲み出てくるような心地がした。

「どうしたんだよ?」

 肩に湯をかけ、怪訝な顔をしながらナッシュはいつの間にか言葉を失っていたドルベに問いかけた。その声にドルベははっと意識を戻し、何でもないと首を振って湯を自分の顔にかける。

「何かあんなら言えよ。遠慮すんな」

 そう言うナッシュはどこまでも優しく友人想いだ。彼がドルベの本心を度々引き出してくれるからドルベは彼に対し遠慮せずにいられる。ならば、と、その優しさにつけ込むわけではないがこの心の内をどうにかしたいと思ったドルベは彼の好意に甘えさせてもらうことにした。

「ナッシュ…少しだけ、君の身体を触らせて欲しい」

「何でだ?」

「すべすべして気持ち良さそうだなと思って…。いいだろう?」

「別に構わねぇけど…」

 赦しを得てドルベは更にナッシュに近づくと肩を抱くように腕を回し、肩から二の腕にかけてするすると撫でた。擽ったそうにしているが抵抗はなく、大人しく珠肌を触らせている。

「やはり。普段の手入れが行き届いているのか」

「俺は別に何もしてねぇよ。日焼けしないように薬草塗るくらいだ。お前も服着てるとわからねぇが、相変わらずすごい筋肉だな」

 すぐ間近に鍛えられたドルベの身体があることに興味を持ったのかナッシュもペタペタとドルベの胸や腕を触る。何も意味もを持たない純粋な手の動きになぜかドルベはふるりと身体が震え、ドルベは思わずぎゅっと肩を抱いた。

「ドルベ…?」

「すまないナッシュ。もしも……嫌だったら、言うなり突き飛ばすなり、してくれ…」

「は?っ、……!」

 ナッシュが驚きに眼を見開いたのをよそに、ドルベはちゅっと彼の上気した頬に口づけた。肌に浮いた水滴を吸い取るように頬から額にかけて唇を動かしていく。ドルベ、と小さく名前を呼ばれるが、彼の手はドルベの肩を掴むばかりだった。
 頬に手を当てて彼の正面から向かい、顔を傾ける。鼻先が擦れる程に近づいたところでナッシュはぎゅっと眼を閉じた。

「抵抗…しないのか…?」

 紙一重の距離を唇と唇の間に保ったまま囁くドルベの息が吹きかかり、ナッシュが息を呑む音がした。そのまま薄目を開けて様子を窺っていると彼は恐る恐る眼を開けた。

「口づけられるのは…初めてだろう?」

「………ああ」

「何故、抵抗しないんだ…?」

「なんでかわからねぇ。けど…お前だったら、別にいいかな…って、……」

「ナッシュ…!」

 今度こそ衝動的に、ドルベはナッシュの唇を奪った。ただ重ねるだけでなく、何度も角度を変えて重ねながら唇全体を食み、上唇と下唇を交互に吸う。堪らず息を吐いたナッシュの、ドルベの肩を掴む手に力が籠った。
 ドルベは一頻りナッシュの唇を味わった後ゆっくりと解放し、唾液に濡れるそれを親指で拭った。

「君が私を信頼してくれているからこそ言う……。ずっと、君を抱きたいと思っていた。何故かはわからない。いつからかもわからない。だが度々、私を欲に悩ませるんだ。脳裏に浮かぶ、君の姿が…!」

「ドルベ…」

「私を軽蔑した…だろうか。君は王でありながら私の良き友であった。でも、それも……。このような想いを抱えている私が恥ずかしい…」

 行動を起こしてしまった以上、もう戻ることはできない。親友であり続けることなどもうできないだろう。彼が許したとしても。浅ましくも耐え難い欲望をナッシュに向けていることへの罪悪感にドルベは力なく頭を垂れた。
 苦悩を吐くドルベの両頬にそっと手が添えられる。目の前にあったナッシュの顔はドルベを軽蔑するものではなく、どこまでも真摯であった。

「辛いだろ。お前が望むなら、俺を抱いていいぜ」

「ナッシュ…君が何を言っているのか、わかっているのか…?」

「わかってるよ。でもそれでお前の気が晴れるんなら構わねぇよ。親友が悩んでるのは、見過ごせねぇからな」

 ナッシュがドルベに与えたのは許しではなく救いであった。彼は悩みの渦中にあるドルベを救おうとしているのだ。自分の身体を張って。一国の王がするべきことでは決してない。しかしナッシュにはそんな立場など関係のないことだった。ドルベはたった一人の親友であり、ナッシュが国王ではなく一人の人間として築いた関係だったから。
 ナッシュの好意を、親友の優しさに頼らないでいられるほど今のドルベは強くなかった。きっと一時の迷いに過ぎないだろう。ナッシュを一度抱いてみれば、気持ちが晴れるかもしれないーーそう思ったドルベはありがとう、と彼の好意を受け取り再び唇に口づけを落として浴槽から抱き上げた。

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