12.決断



「下手人を捕らえろ!早く、医者を呼べ!!」

 メラグを抱えたベクターから怒号が発せられる。
 静寂を保っていた空間は一瞬のうちに騒然となり、反乱軍を捕らえようとする王国軍の兵とそれに抵抗しようとする反乱軍が衝突した。ぶつかる両軍の鋭い声と鈍い金属の音。その喧騒を背に、ベクターは腕の中のメラグを見た。
 幸い傷は急所を外れており彼女は致命傷を免れているが、出血が酷い。血がこのまま止まらなければ失血死してしまうだろう。剣を抜いては余計に出血してしまうため今は痛々しいながらも下手に触ることは出来ず、また動かすことも出来ない。王宮へ医者を呼びに早馬で行かせたが、ここからはかなり離れているため全速力で駆けても到着までに時間がかかる。
 このまま放って置くわけにはいかない。そう判断したベクターは応急処置として自らのマントを引き裂き、剣が刺さったままの傷口に当てた。黒いマントがじわじわと血を吸い、更に黒く重くなっていく。
 メラグは眼を虚ろに開いたまま微かな呼吸をなんとか保っている状態だ。苦しそうな彼女の様子にベクターは眉を顰め、額に汗を浮かせる。止まれ止まれと口の裏で繰り返し念じながら、傷口を押さえた。

「陛下!」

 臣下の声に呼ばれて振り返ると、衝突の末に捕らえられた反乱軍の首領が縛られ、ベクターの前に突き出された。王国軍の方が引き連れた兵が僅かに多く、また個々の武力差では上回っていたためこの場にいた反乱軍の兵は皆一網打尽に捕らえられたのだ。ベクターはメラグを抱えている方の手と逆の手で器用に剣を抜き、彼に突きつけた。

「何の真似だ貴様……!武力の入らぬこの場を狙って我を討ち取ろうという魂胆か。その末に我が妻に手をかけたその蛮行…ただで済むと思うなよ!」

 顔に影を落として腹の底から唸るベクターの瞳孔は開ききっている。全身に力が籠り、無意識ながら剣先が小刻みに震えていた。
 反乱軍の首領は突然のこの騒動とベクターの言葉に、心外だと言わんばかりに眼を見開き、弁明する。

「先程の件は私の預かり知る所ではありません!この場には私自身も王妃陛下を信頼し、和睦を結ぶ為に来ているのです。ただただ、私も驚き王妃陛下の身を案ずるばかりでーー」

「黙れ!貴様の言い訳など聞かん!」

 彼の言葉をベクターの声が遮ったその時、公会堂の扉が再びバンと大きく音を立てて開いた。次いで聞こえたのは何かを喚き散らす少年のものらしき声とそれを押さえ付ける兵の声。一同の視線が一斉にそちらへと向く。護衛兵に連行されて来たのは縄で縛られた一人の少年であった。
 兵はベクターの前へ連れて来るとその少年を突き飛ばした。身動きの取れない彼は体勢を崩してその場に倒れ込む。

「貴様が下手人か。よくもメラグを……」

 ベクターは、今度は剣先を少年の方へと向けた。先程よりも静かに、そして冷ややかに少年を紫の眼で睨み付ける。あまりに激昂したため全身の血が流れ出し、腹の底から冷えていくようであった。メラグを抱えていなければ、この場で少年の首を落としていたかも知れない。
 反乱軍の首領は見覚えがあるのか、少年に反応した。彼が言うには、少年は反乱軍に属していない人間だが、王政とそれを行う王ベクターに憎しみを抱き、憧れと義憤から兵を志願していたという。まだ剣を取るには幼すぎる故に断られたが、反乱軍の陣営には度々出入りしていたらしい。
 先日陣営で和議のことをどこからか盗み聞き、王に一矢報いる為に先にこの公会堂に忍び込んで機会を伺っていたのだと少年は言う。机の下に居たため護衛兵からは見つからず、咄嗟に殺気を感じたメラグ以外彼を察知した者はいなかった。

「あんたが悪いんだ!あんたさえいなければ、この国はもっと平和だった!あんたが死ねばいいんだ!」

 少年はベクターの光が失われた眼をキッと睨んで罵詈と呪いの言葉を叫んだ。彼を討ち取れなかった無念からか、その眼には涙が浮かんでいる。しかしベクターに対して恐れを抱いている様子は見られなかった。ここに乗り込んだその時から、自らの命などとうに捨てていたのだろう。
 ベクターは少年が更に言葉を続けるのを遮り黙らせるように吼えた。

「和議は取り消しだ!この者共を直ちに王宮へ連行しろ!」

 ベクターの命令は容赦ないものであった。捕らえられた反乱軍の首領以下、兵達の顔も強張る。下手人が判明し、彼らには直接の関わりはない。しかし彼らを釈放する気はベクターには毛頭なかったのだ。
 もしかしたら、秘密裏に少年を差し向けていたのかもしれない。反乱軍の首領は関わりのない振りをしているかもしれないーー明確に関わりがないという証拠がない以上、疑えばきりがない。
 どちらにしろ今自分に刃が向かれた時点でベクターにとって彼らは最早信用できない敵であった。少しでも関わりがあればその根を絶ち、疑わしければ悉くこれを罰する。ベクターは今までもそうしてきた。

「全員処刑した後、総攻撃をーー」

「め……だめ…」

 突然、ベクターの怒りの声を割り、微かではあるが通った声がはっきりと聞こえた。確かに、メラグの声だ。ベクターはその声を聞き付けて途中で言葉を消し、彼女の方を見た。

「メラグ…何を……」

「ころし…ては……だめ……」

「お前は喋るな!余計な口出しをするなと言っただろう!もう、喋るな…!」

「っ…だ、め…ころし、ては……だめ……」

 メラグは短い息を吐き、喉の奥から絞り出すようにして何度も何度も「殺してはだめ」と繰り返し呟いた。彼女が言葉を発する度に押さえた傷口からこぷりと再び血が溢れる。ベクターの声には何の反応もなく、相変わらず眼は虚ろに開かれたままで、意識自体はないようにも見える。

「……だめ……だめ……」

「メラグ…」

「ころし、ては………」

「っ…一旦この件は保留にする。下手人の小僧は地下牢へ、反乱軍の者は王宮の一室に拘留しろ。殺さずにな…」

 言葉を止める様子のないメラグを見て苦虫を噛み潰したような顔でベクターは唸った。本当はこの場で全員斬り殺したいところだが、このままでは喋り続ける彼女の命の方が磨り減っていく一方だ。
 ベクターの命令を聞き取ると同時にメラグはフッと意識を途絶えさせ、力を失ったように眼を閉じた。咄嗟にベクターは手首を掴んで脈を確認する。脈は弱々しいままだがなんとか保っており、失血で気を失っただけのようだ。

「陛下!宜しいのですか…」

「構わん。今はこっちが先だ」

 ベクターは近寄った兵を見ることなく、ただ一言早くしろと言いつける。今気が立っている王に迂闊に接し何かあれば命の保証はないと恐れたのか、兵は粛々と命令の遂行のためにベクターから離れた。

 それから間もなく医者が到着し、その場で緊急の簡易的な手術が行われた。刺さった剣を丁寧に取り除き、本格的な止血を行う。
 手術の様子を黙したまま見守るベクターの額には汗が浮き、無意識にメラグの手を握っていた。

「どんな手を使ってでも、コイツの一命を取り留めろ。コイツを死なせたら、解っているだろうな…?」

「陛下の御明断で止血が行われた為、致死となる失血には至りませんでした。あとは王宮へ帰り本格的に治療を行えば、王妃陛下の容態は御安定なさるでしょう」

 緊急の手術が終わり、ようやく完全に血が止められた。生と死を別ける境界は僅か数分の差だったらしい。もしあの場でメラグの言葉を聞かず喋り続けさせていれば彼女の命はなかったかもしれない。
 とにもかくにも、メラグが九死に一生を得たことに安堵したベクターは、深い息を吐いて身体の力を抜き、彼女の蒼白い頬を撫でた。

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