【よかれと思って】ベクターが、してあげるっ!【ミザエル編】


 端末を片手に、校内の誰もいない階段で一人ミザエルは浮かない顔をしていた。先程届いたメールを再度開く。

「今日、会わないか。連絡くれたら迎えに行く」

 差出人は、天城カイト。ミザエルはもちろん承諾の返事をすぐに返した。研究が忙しくて、なかなか会えない大好きな恋人からの久しぶりの誘いなのだ。断る理由などミザエルにあるはずがない。
 ぼんやりとこの後のことについて思いを馳せた。いつもミザエルが彼の家に泊まるコースを行くならば天城一家だけでなくクリスやトロンも交えて食事をして、夜はカイトの部屋に泊まるのだろう。共にベッドに入って、細いけれどしっかりした腕でミザエルを抱き締めて、顔中にキスをしてくれる。ミザエルにとって、一番至福のひとときだ。そして、その後はーーー
 ここまで想像して、はあぁーと盛大にため息を吐いた。

 ミザエルはカイトとのセックスが好きではない。彼がミザエルに色々と囁きながら触れてくれるのは嬉しい。心も身体も昂り、幸せに包まれる。
 しかし問題は、挿入の瞬間だ。
 受け入れる為の女性器がない男同士で肛門を使って繋がるという発想をした先人を、ミザエルは恨みたい気持ちで一杯だった。とにかく痛い。ただただ、痛いのだ。幾度か繋がったことはあるが、昂っていた身体は熱をなくして苦痛を訴えるばかりだった。
 カイトはミザエルが受け入れられるように解してくれるが、ミザエルの身体は拒否するばかりだった。それでも彼を思い、苦痛に耐えた。しかし好きな人の為なら苦痛も我慢できたが、カイトに後で何度も謝られるのは耐え難い。最近は挿入をすることもなくなり、フェラまでで終わらせることも多かった。
 フェラは気持ちいいが、事に及ぶ度に胸にぽっかりと穴が空いたような気分になる。カイトはそれでも充分だと言ってくれるが、それはミザエルを気遣うため。本当はミザエルと繋がりたいと…そう思っても我慢しているのだろう。先人達は苦痛に耐えても尚、大切な人と繋がりたいと思ったのだろうか。そして自分にはその忍耐と我慢ができないことがただ悔やまれた。

「あれぇ?ミザエルせんぱーい。こんな所で何やってるんですかぁ〜?」

 ぐるぐると思考を巡らすミザエルの耳に、いきなり調子のいい高めの声が届いた。こんなにも馴れ馴れしくミザエルを煽る人物は、脳をひっくり返して記憶を洗い出しても一人しかいない。
 バッと振り向くと案の定というべきか、ニコニコとしたベクターがミザエルの背後に立っていた。

「ここは三年の廊下だぞ。一年がなぜここにいる」

「んだよ、ツレねぇな。なんでそんなに他人行儀なんだよ」

「黙れ」

 燻っていたミザエルの心の靄がはっきりとした苛立ちになって現れた。忌々しいその口が開かないように縫い合わせてやりたい衝動に駆られる。よりによって一番会いたくない人物にこんな所で鉢合わせるなんて。一年と三年は棟が違うから、会うことなどないと思っていたのに。

「せっかくの誘いなのになんで悩んでるんだよ?」

「貴様、何を見てっ…!」

「ん〜?眼に入っちまったんだから仕方ねぇだろ?相手はカイトか」

「……うるさい」

「当たりみてぇだなー。じゃあ何で憂鬱そうな顔なんだ?上手くいってねぇのか?」

「………」

「その様子だと図星らしいなあ?さしずめ、夜の方が上手くいってねぇんだろ」

 ミザエルの手元を覗き、図々しくもベクターは隣に座り込んだ。無言で睨み付けるも、ミザエルは何も言えなかった。ベクターが矢継ぎ早に畳み掛けてくることは悉く図星だったから。
 それにカイトとの仲は七皇全員が知っている。一つ屋根の下で暮らしている以上、情報がバレない方が難しいのだ。特に人の動向を面白がり興味津々なベクターが、ミザエルのことを知らないわけがない。

「貴様には、関係のないことだろう」

「はーぁ、ツレねぇなあ。意地張るのも大概にしといた方がいいぜ?せっかくこの俺が、相談に乗ってやろうと思ったのに」

「お前の相談など、必要ない」

「そんな鬱々してる顔続けるよりは、誰でもいいから助け船を借りとくべきだと俺は思うぜ?カイトのためにもならねぇだろ。それともそんなに俺が信用ならねぇか?」

「そうだ」

「ちょ、傷ついたぞ俺。今すごく傷ついたんですけど!」

 ベクターがわざとらしく涙を浮かべて訴えた。何が相談だ、馬鹿め。と、ミザエルは心の中で吐き捨てる。ベクターがミザエルの悩みを面白がっていることは態度からして明白だ。そういう彼の軽い性格が、ミザエルは嫌いだった。

「とにかく私の前から去れ。お前に相談するくらいなら他の者に相談する」

 顔はそのまま、眼だけを向けてベクターを睨む。するとニヤニヤとしていたベクターからふざけたような色が消え、彼は冷ややかな笑みを浮かべた。

「へぇ……セックスの悩みなんか、誰に相談するんだ?事情を察してる俺以外の、誰に。そんな公にしたくないことなんて相談できる奴いんのか?」

 ベクターはドン、とミザエルの隣に手をつき、光のない紫の眼で睨んだ。ミザエルは毅然とその眼を睨み返したが、段々と心臓の音が大きくなっていくのがわかった。思考を読まれている。ミザエルはデュエルでの読みは得意だが、自分のガードは弱い。だから先程から痛いところをチクチクとつつかれ、少なからずとも動揺している。

「ああ…ドルベに相談すんのか?お前、ドルベとは仲いいもんな。アイツ、身体の相性がいいらしくて最近上手くいってるみてぇだし。でも、その前に何があったか、なんていくらお前でも知らねぇだろ?アイツ俺が色々教える前はオナニーも知らなかった童貞処女だったんだぜ。それが今じゃドが付く程の淫乱ちゃんだからなあ」

「貴様、ドルベに何を……」

 思わず掴みかかろうと手が上がったが、むなしくもその手は咄嗟に掴まれてしまった。動揺が表面に出てしまい、完全にミザエルの動きは読まれていた。

「んーん、何か誤解してるみてぇだけど、俺はちょーーっとだけ、恋愛が上手くいく秘訣を教えてやっただけだ。セックス指南っていうの?アイツすっげぇノリノリで、やらしかったぜ。最初は躊躇してたけど、最終的に自分で腰振っちゃってたからなー。ま、手は出してねぇから安心しな」

 ミザエルの手を掴んだまま、飄々と言ってのけるベクター。ドルベの妄想癖とストーカー癖は皆の知るところではあったが、ミザエルが知る彼の行動の一切はプラトニックの範囲内でだった。普段の様子からそういうことには疎いのだと思っており、ミザエルの中では彼と性を結びつけることはなかった。そこに落ちてきたベクターの言葉はガツンと頭を石で打たれたような衝撃を走らせた。
 ミザエルの知らないドルベをベクターは知っている。一体どこまで彼は知っているのか?そして、ミザエルのことも。一体、どこまで読まれている?
 先程までの冷ややかな空気が抜けた分、一層ベクターがわからなくなった。恐怖にも似た感情にミザエルの心はゆっくりと包まれていく。

「知りたくねぇ?ミザエル。上手くいく秘訣。今なら特別、『仲間として』お前の夜の悩み、解決してやるぜ。セックスが上手くいって今以上にカイトが満足できるなら、そっちの方がよくねぇか?」

 ベクターは、初対面の人が見たとすればさぞかし彼は親切なのだろう、と思わせる人懐こい笑みを浮かべた。彼が話しかけてきた時に向けた、わざとらしくて胡散臭く、ミザエルを苛立たせる笑み。しかし今は、全く別のものに見える。
 ミザエルは自分でも気づかないうちに、まるで暗い闇に引きずり込まれるように首を縦に振っていた。

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