Proud

その壁を越えた先にの後日っぽい話


 自分の実力は七皇の中でも何者にも引け劣らない自信がミザエルにはある。
 彼はその性格上挑んできた相手に対しては最大の礼儀と敬意を表して受けて立つ。実際、自分には実力的に敵わなかったものの、見事だと思ったデュエルやデュエリストは多々あった。だがそれでも、結果的には自分の勝利を彩る誇らしき装飾でしかなかったのだ。
 しかし、ミザエルが「敵わない」と認めたデュエリストは二人だけ存在する。他人の良い所は素直に認めるが自分が劣っているとは認めたくない、負けず嫌いのミザエルが認めた相手。一人は自分を正々堂々の勝負で打ち負かした天城カイト。もう一人は、バリアンのリーダーとして自分の上に立つナッシュであった。

 ナッシュとはデュエルで直接渡り合ったことはない。そもそも七皇の面々とは命を取り合うような本気のデュエルはしたことがない。それでも、ミザエルのドラゴンデッキに敵うことはないだろうという自信はあった。だが、ナッシュにだけはその自信も確固たるものとして言うことは出来なかったのだ。
 自分になくて、彼にあるもの。それは一体何なのか。ミザエルは、そんな疑問を抱えたままバリアン世界での日々を過ごした。


「デッキ調整か?」

 たまたまリビングでデッキ調整をしていると、凌牙が声を掛けてきた。彼がミザエルに対しとりとめのない会話を持ちかけるのは珍しい。ちらっと一瞥して、ああ、と返すと彼はミザエルの向かいのソファーに座った。

「最近、璃緒と仲いいみたいじゃねぇか」

 開口一番、彼はそんなことを言った。それは普段世間話をしないミザエルとの間に会話を作る為だけではないようだった。
 璃緒の買い物に同行して以来、璃緒はミザエルによく話しかけるようになった。とは言っても、今まであまり話し掛けなかったミザエルに意見を求めたり、頼み事をよくするようになった、ということくらいだ。しかしミザエルに対する彼女の態度は以前とは全く違うものになった。それが、凌牙の言う「仲がいい」ということに当てはまるのだろう。

「兄の心中としては穏やかじゃないか?」

 手を止めないままミザエルが何気なく言うと、凌牙の眼が何かを含めるように動いた。
 彼は表情の変化自体は乏しい。しかし内には常に激情を秘めている。例えるならば爆弾のようなものだ。普段は冷静だが一度感情が爆発するとそのままに行動する節がある。その秘められた感情をよく表しているのは眼だった。何を考えているかまではわからないが、眼を見れば大体、彼がどういう感情を抱えているのかがわかった。
 凌牙本人無意識の域であっただろうし、そういうつもりでミザエルに言ったのではないのだろうが、海の色の瞳に少しだけ妬きもちを妬いている色が見えたのだ。璃緒とミザエルの関係はほんの少し親しくなったというのに過ぎないが、それが凌牙から少なからずとも何かしらの「役目」を奪っていたのは事実だろう。

「少し、話の馬が合っただけだ。特にやましいことは何もないぞ」

「わかってるよ。珍しく璃緒とお前が楽しそうに談笑してたもんで、気になっただけだ。前はあんまり仲良さそうじゃなかったしな。いつの間に親しくなったのかな、ってな」

「私はあまり談笑などする質ではないから、そう思わせたのかもしれないな」

「そういやそうだな。俺もそうだしな。俺とお前じゃ、必要なこと以外全然喋らないからな」

 苦笑混じりに凌牙に言われて、ミザエルは今までの記憶を思い返す。どちらもあまり口数の多い方ではない。彼はどちらかと言うと、言葉よりも行動して背中で語る男だった。ミザエルもそう。不要な言葉は煩わしいだけだ。そういうところが似ていると最近、璃緒に言われたことがある。
 しかし、彼と自分の背中では背負う物が全く違ったのだろうな、と思う。ミザエルは手を止め、凌牙の海色の眼を見た。

「私は誇り高きバリアンの戦士であり、その腕は何者にも引け劣らないと自負している」

「何だ、いきなり…」

「だが、この人生の中で二人だけ、敵わないと思った奴がいる。天城カイト…そしてお前だ、ナッシュ」

「………」

「何故かはわからない。お前とは渡り合ったことがないからな。しかし、お前と遊馬のデュエルを冀望皇バリアンの中から見て思ったのだ。私にはこのようなデュエルはできない、とな」

 冀望皇バリアンのオーバーレイユニットの中から見た、ナッシュの背中。彼の悲壮な覚悟は他の七皇誰もが感じ取ったことだ。不利な状況であろうとも、仲間を、バリアンを守る為に命を削って闘った。最後の一人になっても尚。その覚悟はデュエルでの強さにも現れていた。そんな彼の姿を見て、彼は自分の上に立つに相応しい存在だと思ったのだ。
 凌牙はミザエルの話をじっと聴いていたが、眼を閉じて静かに首を振った。

「あれは俺の力じゃねぇ。七皇全員の力だよ」

「何故そう言い切れる?あの時遊馬と渡り合ったのはお前自身の実力とプライドだ。私達は、力を貸したに過ぎない」

「その力が俺を強くしてくれたんだ。俺一人の力じゃ、遊馬とアストラルをあそこまで追い詰めることは多分出来なかった。お前達との絆があってこそだ。色々あったが、バリアンを守りたいという最終的な思いは皆一緒だった。だから俺は闘った」

 バリアンよりも力のない人間の姿であっても尚失われない威厳と貫禄。それだけで、彼が今まで計り知れない大きなものを背負ってきたというのがわかる。それだけの重みが、彼の言葉にあった。

「あんまり、こういうこと言わせんな。俺は遊馬と違ってあれこれ言えるような口じゃないんだからよ…。とにかく、俺は感謝してる。皆に。バリアン七皇のリーダーでよかったってな…。でも俺は正直、お前が羨ましかったよ」

「何故だ?」

「お前は七皇の中ではある意味突出した奴だったが、その自信と真っ直ぐな志は尊敬する。そして強い。俺は、お前の持つ強さが羨ましかった」

 凌牙の言葉に、ミザエルは少し驚いた。彼からはミザエルの実力、そして裏表のほとんどない言動に対し大きく信頼を寄せられていることは感じていたが、それ以上に何かあるとは思っていなかったから、そういう風に彼がミザエルを見ていたとは、ミザエル自身意外なことだった。

「俺とメラグが居なくなってから、大変だっただろう」

「何故私に聞く?」

「お前だからさ。多分ドルベが一番苦労したんだろうが、あいつは何も言わないんだ。笑ってはぐらかすだけだ。お前なら、包み隠さず全部話すだろ?」

 ドルベのやりそうなことだな、とミザエルは苦笑した。彼はずっと二人が戻ってくるのを待っていた。二人が戻ってくるまで、と影でバリアン世界を支えながら、二人の居場所を守ろうとしたのだ。苦労していたのはそんな彼を近くで見ていたミザエルが一番知っている。だから、彼の言いそうなことも想像できる。心配し謝罪するナッシュに対して、「いいんだ、君が帰って来てくれてよかった」と、そういったことを言ったのだろう。

「そうだな。崩壊が目前だった世界だ。柱となるお前がいなかった上、知らなかったとはいえ敵対していたんだ。ドルベの心労は恐らくお前の想像以上だろうな。…お前がいない間、私達は何もかもが手探りだった。手当たり次第に、世界を救う方法に当たった。形振り構っていられる状況ではなかった。皆それぞれにそれぞれが必死だったのだろうと思う。アリトも、ギラグも…認めたくはないがベクターもな。お前が帰って来なければバリアン世界は間違いなく崩壊し、私達は消滅していた」

「知らなかったとはいえ、自分が情けなかった。俺はずっと迷ってばかりで、皆に迷惑をかけたな。支えられてばかりだったと、今になって思う」

 珍しく思い詰めた顔をして話す凌牙。彼がこんな風に心の内を話すことは珍しいが、彼の憂いを帯びた眼を見るのは初めてのことではない。彼は頼もしい反面脆い一面もあり、度々、思い悩む傾向にある。しかしそれを外に出すことはなかった。自分の弱さを受け入れ悩みながらも他者への強い思いで覆い、自分に鞭を打つ。それが彼の強さだった。ミザエルが彼に悩み癖があることを知ったのも、細かい眼の動きを見ていたから気づいたことなのだ。

「…お前らしくないな」

 ミザエルはフン、と鼻で笑った。
 彼が悩んでいると知ったところで、それを共有してやることはミザエルには出来ない。バリアンのリーダーとして戻った彼が神代凌牙との狭間で今までしてきた苦悩は恐らく誰も理解することは出来ないだろう。唯一理解ができるとすれば、同じ境遇を辿ったメラグくらいか。彼女がいるから、彼と共に悩むのはミザエルの役目ではない。

「皆が支えたいと思う姿こそリーダーたるに相応しい器ではないか。いなくては困ると思われる程に、お前は必要とされている。そうではないのか?だからお前は常に自信を持って前を向いていろ。この私の上に立つ者なのだから、もっと堂々としていなければ困る」

 ミザエルの言葉に驚いた顔をした後、照れているのか居心地が悪いのか、凌牙は何とも言えない表情をした。相手がそういうことを滅多に言わないミザエルだからだろうか。双方共に発する言葉がなく、微妙な空気が二人の間に流れる。それを打破すべき言葉を見つけようにも、口が上手くない二人にはなかなか言葉が見つからなかった。
 しばらくの沈黙の後、凌牙がふっと、ありがとう、と言って笑った。

「璃緒が最近お前と仲良くし出したのもわかる気がするな。お前は他人とは一定の距離を保つように努めていたが、できればお前とはもう少し、こんな風に話をしたかったな。俺が歩み寄れば良かったんだろうが」

「努めていた、というわけではない。これくらいの距離が私には丁度良かった。お前達の絆に、疎外感を感じていたのは事実だがな。前世で一度裏切りに遭ったことが、他人に対し積極的に心を開くことが煩わしいと感じる性格として根付いていたのだろうと思う。記憶にはなかったことだが…」

「ああ……」

 ミザエルにとっては、前世の記憶はもう過ぎ去ったもの。全てが終わった以上、前を向くにはその憎しみも哀しみも引き摺っていては唯の障害となる。
 しかし、ミザエルの性格を歪ませてしまったのは間違いなくその過去があったからだという事実は消えない。もし、あの過去がなければ。少なくとも、誰か一人でも、ミザエルの味方をしてくれる者が居れば。ミザエルはどんな運命を辿っていたのだろうか。

「時々思う。お前がもし私の前世に関わりがあれば、あの時お前だけは私を裏切らなかっただろうか、と」

「ミザエル」

 七皇を信頼し、背中を預けてくれた彼なら。最後まで仲間の為に戦ってくれた彼ならば。ミザエルの言葉を、信じてくれただろうか。それはもう、わからないことだった。歴史にもしもという言葉はない。遡り、改竄することはできない。
 皮肉なる運命だが、そうした過去があったからこそ、今ミザエルはここにいる。他のバリアン七皇の運命は知るよしもなく、また自ら知ろうとは思わない。しかし彼らと出会えたことには、その運命を含めて感謝している。
 全く違う人生を歩んだ者同士が一つの星の元に会して結んだ絆。運命に翻弄され、運命と戦い続けた者同士が結んだ絆。その絆の強さをナッシュは示してくれたのだ。その身をもって。心を開くのが苦手なミザエルでも、その絆があるだけで充分に彼らを信頼することができた。バリアン世界は間違いなく、魂の行き場所を無くしたミザエルの居場所だった。
 だから今、あの時と同じようなことがあればミザエルの言葉を信じてくれる仲間が助けてくれると、確信している。多くのものを亡くしたミザエルが長い人生の中で唯一得たものだった。

「こうして私がかつて失った誇りを取り戻し、誇り高きバリアンの戦士としての自信を貫けたのは他でもなく、お前が率いたバリアン世界があったからだ。礼を言う、ナッシュ」

 面と向かって言うのはどこか気恥ずかしいが、この機会を逃せばきっとこの言葉を口にすることはないだろう。そう思うと、言わずにはいられなかった。ミザエルが一生かかってもきっと敵わないだろう、この男に。
 海に映る空の色がどこまでも蒼いように、澄んだ色の凌牙の眼に映るミザエルもまた、穏やかな顔をしていた。



ーーーー
ミザエルから見たナッシュってどんな感じなのかと思いつつ書きましたが結局言わせたいことを言わせただけの壮絶なデレ合い合戦みたいになりました。
ミザエルとナッシュの関係は干渉し合わない平行線なんだけど、根底の信頼が篤い、みたいな感じではないかと思います。
そして歴史ネタで申し訳ないですが、ミザエルは単体でもやたら強くて偏屈なんだけど所属組織にやたら誇りがある新撰組の斎藤一みたいなイメージがあります

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