11.最後の賭け


 ある日の夕刻、反乱軍の幕舎に王宮の使者と名乗る者が姿を現した。白いフードを身に纏い、眼を隠しているため表情はわからない。よく見ると女のようであった。
 女は見張りの兵に止められ、両手を上げた。武器は持っていないようだ。用件を尋ねると、王宮から言伝てがあるので、反乱軍の首謀者なる者と会わせて欲しいということだった。
 兵達は女であるということと武器を持っていない彼女に少しばかり警戒心を解いた。不穏な動きを見ればすぐに取り抑えればいい。そう判断して、彼らは女を首領の元へと案内した。

「私に用件とは何事だ」

 反乱軍の首領であるのは蒼い眼をした金髪のまだ若い青年。いち早く見張りの兵から報告を受けていた彼は案内された使者の女に用件を問うた。
 女は直ぐには答えずに辺りを見回し、再び顔を彼の方に戻して言った。

「その前に、人を払って頂きたいのです。まだ公にするべきことではありませんので。私はこの通り、何も持っておりません。どうか、ご協力を」

 女の声は至極冷静であった。武器を持たず、身に何も付けず、単身この反乱軍へと使者として赴いた彼女はなかなかに度胸のある者と思える。
 果たして、王国軍にこのような胆の座った女が居ただろうか。首領は彼女を只者ではない、と思った。

「構わないが、最低限、万が一の事を考えて私の信頼できる者のみ置かせて頂く。彼等は口が固く公言するような真似はしない。よろしいかな?」

「結構です」

 女の用心深い態度にはきっと裏がある。首領を買収するような話だろうか。最も、そういう類いの話なればこの使者を捕らえて斬るまでだ。首領は疑いを頭に巡らすものの、彼女が武器を持っていない以上さして脅威はないと判断し、この話を聞き公言した者は厳罰処分するとして幕舎から人を払った。
 人払いが終わると、再び女に顔を向けた。

「話に入る前に、そなたの顔を見せてもらえぬか」

 顔の見えない者の話を信用するわけにいかない。首領はそう言って女にフードを外すよう言った。彼女はその言葉に、拒否の色を示すことなく顔を隠していたフードを取る。美しい、海を思わせるような蒼い髪が現れた。その姿を見た首領、そして彼の側近達は息を呑んだ。

「王妃……陛下……。なぜ、このような所へ……」

 彼女は挨拶をするようににっこりと微笑むと、強い瞳を彼に向けて居ずまいを正した。

「先程申し上げた通り、私は王宮の使者としてここに来たのですわ。用件をお話し致します」



 遡ること数時間前。
 王宮の会議室で開かれた軍議に初めてメラグは参加した。軍議は王を始め各方面の責任者が集って状況を報告し合い、それを元に今後の対策を取り決める。メラグは戦のことはわからなかったが、真剣に責任者達の報告をベクターの隣で聞いていた。

「依然として、厳しい状況が続いております。このままでは、あと3日以内に戦力差は逆転するかと」

「……メラグ」

 彼らの報告を聞いていたベクターは、表情や声を変えず、視線を動かさないままメラグを呼んだ。この状況は既に予測されていたことであり、その上でメラグと彼の間ではもう結論が出ていたのだ。メラグは頷き、立ち上がった。
 兵達は驚いた表情でメラグを見ている。王が軍義にメラグを連れてくることさえ異例のことであるというのに、更に彼女に意見を求めるなど、あり得ないことであった。政略結婚で嫁いできて、お飾りの王妃であり今までモノであるかのように扱われていたメラグが、いつの間に彼から信頼を置かれるまでになったのだろうか。
 メラグは兵達を見回し、落ち着いた声で話し始めた。

「この状況について、打開策を考えました。結論から申し上げると、それはすなわち反乱軍との和睦です」

 メラグの声に軍義に参加していた面々はざわつき始めた。それもそのはず、誰もが現状に窮していたといえども思い至らなかったことなのだ。この皆驚いたように彼女を見た。
 ちらりとベクターの方に目を遣ると、彼は何も言わず巌のようにじっと軍義を見ている。メラグは静かに、と一言置くと言葉を続けた。

「反乱軍が力を付けてきている以上、この厳しい状況を武力で覆すよりもこちらの方が合理的です。皆もそのことは解っておられるはずですわ。彼らは現状に不満を抱いているから王政を打ち倒し政権を取って変わろうとしているのです。ならば和議を開き、彼らの不満を取り除き将来的に望む政治をするよう約束することで収まるはずです」

「しかし、反乱軍が果たしてそれを聞き入れますかな?」

「反乱軍に有利になる条件で和睦を結ぶということですか?それは降伏することと同義ではありませんか」

 次々とメラグの説に疑問の声が上がる。その言葉から察するに、やはり彼らは目先の反乱軍をどうにかすることしか見えていないようだった。メラグが説くのは反乱軍をどうするかではなく、その先のことである。

「大事なのは今の戦を収めることだけを考えるのではなく、これを機に民の意見を聞き政治の在り方を変えなければ、ということです。国家と民が手を取り合って、新しく国が生まれ変わる機会だと考えるべきですわ。民があってこその国なの。それを今一度見直すべきよ」

 メラグは犠牲を出さず、戦を終えた後いかに国を建て直すか、そこまで考えていた。
 ベクターに語った時と同じように、自らの考えを力強く説く。言葉に力が籠れば、自然と説得力が増していく。現に、彼らの中にはメラグの言葉に頷く者が少しばかりだが現れていた。
 その中で一人の兵が手を上げ、動かないベクターの方へ向いて言った。

「陛下は…どうお考えなのでしょうか。王妃陛下のお考えに対し……」

「メラグの考えは全て聞いた。その上でこいつに具体的な案を練るようにまで一任している。お前達の中で反対する者があるなら、メラグの案よりも具体的かつ有効的な策をこの場で出せ」

 ベクターはそう言って初めてメラグと眼を合わせた。彼の答えはそれだけで充分だ。メラグは彼の眼に対して何の憶測も疑惑も持たなかった。
 彼は初めて人を、自分を信じてくれようとしている。ならば行動を起こしてそれに応えるだけだ。メラグは彼との絆を信じている。

 結局、メラグの案に対する多少の質問が出た以外には特に反対意見などは出なかった。しかし諦めなどの色はなく、メラグの言う平和的解決に期待を寄せているようだった。皆、この内戦に辟易していたように見える。
 和睦という方向性が採用されたところで、議題は具体的な内容に移った。こちらから出す条件や和議を開くべき場所、等々。その中である疑問があった。

「反乱軍へは誰が遣いに行くべきでしょうか?あまり下の方の人間を遣るには危険なように思えます」

「その通り。それに奴らは我々の首を獲ろうと息巻いている連中です。和議に連れてくるにはそれなりの心得を持ち、遣いの時点である程度連中の信用を得られる人間でなければ」

「それなら心配は無用ですわ。反乱軍への遣いには、私自ら向かうつもりです」

「王妃陛下…!?」

 さらりと言い放ったメラグの言葉に再び軍義がざわめき、今度は皆口々に異を唱えた。王妃自らそんな危険な場所へ向かうなど、一体何を考えているのか。前代未聞だ。そんな言葉が飛び交う。メラグの身を純粋に心配する者もあれば、中には「女に行かせて大丈夫なのか」という風に思っている者もいるようだった。
 黙ってメラグの意見を聞いていたベクターも、その言葉には流石に眉を動かした。

「お前は正気か?」

「ええ。何も根拠がなく言っているわけではないわ。兵が行くよりも女である私が行った方が相手の警戒心を解きやすいと思うの。私は反乱軍からは敵対心を持たれてはないから、彼らが息巻いているとはいえ、まず殺されることはないでしょう。それに、私がこの案の発案者なのだから私が行くべきだわ。この中の誰よりも上手く、反乱軍の首謀者を説得する自信があります」

 じっとベクターの眼を見据えながら語るメラグの眼は強気と自信に満ちていた。彼女の眼はここへ来た時からずっと、その強さを失ってはいない。自分の確信の元に行動をしているからだ。
 ベクターも紫の眼でメラグを射ていたが、クッと息を漏らして笑った。

「お前はそういう奴だったな。目的のためなら自らの身を惜しまない……。今までの酔狂な行動を見ているとその発言も虚言や妄言の類いではないのだろうな。いいだろう、そこまで言うならお前が行け」

「わかったわ。ありがとう」

「ですが王妃陛下…お一人で行かれるには危険過ぎます。せめて護衛として兵を付けるべきでは」

「必要ないわ。和議の為の使者に武力は必要ありません」

「構わん、メラグ。お前が一人で行こうが誰を連れて行こうが、成功する見込みがあるなら好きなようにしろ。ただし、万が一のことを考え密偵に後を追わせる。いいな」

「ええ、構わないわ」

 ベクターから赦しを貰い、自室で準備に取りかかる。すると、コンコンと扉を叩く音が聞こえた。
 返事をして振り向くと、扉が開き一人の少女が入ってきた。

「まあ、あなたは…」

「メラグ様、帰って来られていたのですね…!」

 彼女はメラグが故郷に帰る直前まで侍女としてメラグの世話をしてくれていた者だ。メラグが故郷に帰って戦争が始まり、王宮の奥へと避難していたという。しかしメラグが再び帰って来たと知って、再び仕えることを申し出たのだ。
 侍女はメラグの準備を手伝い、心配そうにメラグを見つめて送り出す。

「メラグ様、本当にお一人で行かれるのですか」

「ええ」

「本当にご勇敢でいらっしゃいます…。しかしメラグ様の身になにかあったらと思うと心配で…」

「そうです、王妃陛下の身に何かあっては困ります」

 二人しかいないはずのメラグの部屋の前に、別の声が響いた。ふとそちらの方へと目を遣ると、軍義に参加していた数人の兵が神妙な面持ちでメラグを取り囲んだ。

「護衛もお付けにならずに行かれるなど危険です」

「王様は何故あのような無謀なことを…」

 皆口々にメラグの身を気遣った。中には自分が代わりに、と申し出る者も居た。しかしメラグは好意を受け取りつつも全て断った。

「皆ありがとう。でも私は大丈夫。言ったでしょう?私一人の方が、かえって警戒されずに済むって。それに私の頑丈さは、皆も知っているはずよ?それに彼は私が言い出したらきかないっていう性格を知っているから…私のこと信用して送り出してくれたの」

「そういえば、失礼ですが……陛下とはいつの間に、あのようにお話をされていたのですか?あの会議ではすでに王妃陛下に全幅の信頼を置かれているように見えましたが…」

「…それは、秘密よ」

 メラグは彼の部屋での出来事を思い返し、少しだけ頬を染めながら「しーっ」と口元に人差し指を当てた。

「とにかく、私は大丈夫ですから。きっと反乱軍を説得して、道を拓いてくるわ。皆、お城の守りをお願いします」

 皆を心配させまいと明るく振舞うメラグ。彼らはなお心配しながらも、メラグを信じて送り出してくれた。
 確かに敵対する軍の元へ一人行くのは不安がないわけではない。だが、それ以上に成功する自信がメラグにはあった。否、この国の未来の為に必ず成功させなくてはならない。
 斯くしてその日の夕刻、王妃自ら単身で反乱軍の元へと訪れたのである。

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