桜色の輪舞曲

※戦いが終わってアストラル世界に行く少し前くらいの妄想話。


「散歩しようぜ、アストラル」

 今日は学校も休みで、何もない一日。デッキを眺めていてあることを思い立った遊馬はそう言った。突然のことにアストラルはいつもの飄々とした表情の中に少し驚きの色を見せて、いいだろうと言った。
 行く宛があるのかと問うアストラルに、行く宛がないから散歩と言うんだ、と返す。アストラルにとっては目的のない行動は無意味に過ぎない。無意味な行動をあえて行う遊馬に疑問を抱いているようだった。たまにはぶらぶらと歩くのも悪くないだろうと笑うと彼は怪訝な顔をした。

 しかし全く行く宛がないわけではなかった。散歩がてら、あるところにアストラルを連れていきたいと思ったのだ。他愛のない会話やデュエルの戦術について話をしながら歩いていると、自宅からそう遠くないところにそれは姿を現した。

「なあ、綺麗だろ!」

「ほう」

 アストラルは空を多い尽くす程の花の群れに眉を上げて興味深そうに声を上げた。

「これは、なんというものだ?」

「桜って言うんだよ。日本にしかないものなんだぜ。この前学校帰りに見たとき、綺麗だったからさ。お前初めて見るだろ?」

「かもしれないな」

 きっと彼の記憶の中では見たことがあるのだろうけど、記憶が集まっていない今の彼には「初めて見るもの」だった。遊馬の言葉に返事をしながら、淡く色づいたそれをじっと見つめている。その眼は綺麗だ、と見入っているようにも見えるし、花の構造がどうなっているのか、と観察しているようにも見える。

「ああでも、少し散っちゃってる。今年も早いなあ。もう満開の時期も終わりか」

 遊馬は風に揺られて舞い上がる花達を見ながら、残念そうに言った。タンポポの綿毛は風に乗ってどこかで次の命を芽吹かせるけど、桜の花びらは木から離れてしまえばそれでおしまい。ただ静かに朽ちるのを待つだけだ。

「…綺麗だな」

 アストラルは相変わらず花から視線を動かさないまま、ぽつりと一言零した。風に乗って身体の周りを舞う花びらを捕まえようと追いかける手を止めて、遊馬はアストラルを見る。
 綺麗だな、と言うアストラルは感嘆しているようでもなく、花の色や形、咲き方に対して言っているものでもないような気がした。彼の桜を映している瞳は桜を通して別の何かを見ているように見えた。

「アストラル」

 彼は一体、桜の向こうに何を見ているのだろうか。その本意を問うても彼は何でもないと返すだけ。ただ遊馬に向けたその表情が、淡いピンク色に包まれた蒼く光る肢体が、なんとなく儚げに遊馬の眼に映った。



「今年もこの季節が来たぜ、アストラル」

 遊馬は胸で光る皇の鍵を握りしめて、あの時と同じ場所に立っていた。あの時と同じように蒼く晴れ渡る空を淡く色づいた花達が覆う。ただあの時とは違って、遊馬は一人でそれを見ていた。
 風が吹けば、木から花が舞い上がる。毎年繰り返される風景。変わらない風景。花は何度散っても、その木に生命が宿る限り同じ季節に何度でも花を咲かせる。
 ここに遊馬が来なくなったとしても、他に今まで来てこの桜を見ていた人が一人一人いなくなっても、この桜は同じ風景を描いているのだろうなと遊馬は思う。大切な人がいなくなっても地球が変わらず回るように。同じリズムで朝と夜が繰り返されるように。
 人も同じ。魂が続く限り、死と転生を繰り返しながら廻り続けている。出会いと別れを繰り返して、道を歩んでいる。出会った事実があるから、また別れがある。生まれたから、死に向かって歩いている。そうやって今日もどこかで命が生まれて、人が別れているかもしれない。

「なんだか俺らしくねぇなあ。こんなことを考えてるなんて」

 ぼんやり桜を眺めていた遊馬は誰に言うでもなくぼやいて、ガシガシと頭を掻いた。こんな遊馬をアストラルが見たら、何と言うだろうか。「珍しい」と驚くだろうか。「思慮深くなったな」と上から目線で偉そうに言うのだろうか。それとも、「君らしくない」と遊馬を心配する?
 しかし遊馬にはもう確かめる術がない。アストラルはもういないから。

「おい、そこで何してんだ」

 声を掛けられて、ふと遊馬はそちらの方へ向いた。蒼い髪と瞳をした彼がこちらに向かって歩いて来る。同じ蒼でも、頭上に広がる空の色とは違う。深い海の色だ。

「シャーク」

 驚くわけでもなく、何かを感じるわけでもなく。ただ、凌牙の姿が見えたから名前を呼んだ。彼は怪訝な顔をして遊馬に近づいた。

「何してんだよ」

「ん?綺麗だろ」

 答えになっているようでなっていない応えに凌牙は眉間の皺を深めたが、遊馬が空を見上げるのに並んで彼もまた空を見上げてフン、と鼻を鳴らした。

「デュエルしか頭にねぇお前がこういうのに興味あるとはな」

「そんなことないぜ。綺麗なものは好きだ」

「桜なんて、散れば終わりじゃねぇか」

「その年の桜はそれで終わりだけどな。でも、来年また咲く。そしたら、またそれを綺麗だと思った奴が見に来るんだ」

 凌牙は、遊馬が何を言っているのかわからない、という顔をした。遊馬も頭で解っているわけではない。ただ感じたままに言葉を紡いでいるだけだから。

「去年、アストラルとここの桜、見に来たんだ」

「……お前、アストラルのこと引き摺ってんのか?」

 ああ、と遊馬は思った。凌牙が遊馬を心配している。小鳥達と同じように。表情は少ししか変わらないけど、眼が遊馬をどこか悲しそうに見ているからわかる。
 凌牙は、その長い長い人生の中で大切なものをたくさん失ってきたからわかるのだろう。大切なものを失った遊馬の心が。自分の中から半身がすっぽり抜けてしまったような悲しみとやるせなさを。
 あの桜の木も同じ思いをしているのだろうか。いくら同じように花を咲かせているとはいえ、その年に咲いた花はその年でしか見ることはできない。散って逝った花にはもう二度と会えない。同じように見えるけれど、全く同じものができるわけがないのだ。コピー機じゃあるまいし。あの木は、自分から離れていく花達を、そんなやるせなさで見ているのだろうか。次は離れ離れにならないようにと強い花を、年を経る毎に咲かせているのだろうか。
 悲しいけど、美しい生命の物語。アストラルはそれを感じ取って、桜を「綺麗だ」と言ったのだろうか。

「アストラルとはちゃんと笑顔で別れた。寂しいけど、今は皆がいるしな。大丈夫だ」

 凌牙をちゃんと見て笑う遊馬は強がりじゃない。桜の花と違って、遊馬の心には今まで二人で作ってきた思い出と絆がある。楽しいことも悲しいことも全部胸の中にある。もう二度と会えなくても、二人一緒に未来を創れなくても、それだけがあれば遊馬は未来を生きていける。

「遊馬、」

 凌牙が一瞬顔を歪めたと思うと、その顔は見えなくなった。次に、温かい体温が身体を包んだのを感じた。遊馬より少し大きくて、色んなことを経験してきた凌牙。そんな中で生きてるシャークはやっぱり強いな、俺も見習わなきゃ。と、震える彼とは正反対に遊馬は笑う。

「俺は大丈夫だ」

 なんとなく、凌牙の気持ちがわかる気がする。あの時アストラルを桜の中で見た遊馬と同じようなことを考えているのだろう。
 俺もあの時こうしていれば、もう少しお前と同じ未来を見れたかな、と遊馬は桜と凌牙の温度に包まれながらそう思った。



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宇多田ヒカルの某曲が元になってたりなってなかったり。
ふとしたときに抱き締めたくなる儚さ、それが遊馬クオリティ。
アストラル死んでるみたいですけど死んでないです。

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