ハジマリの物語


「俺、プロデュエリストになる」

 家族の前でトーマスはそう言った。ある日の、食事の席でのことだった。
 真っ先にミハエルの顔が輝いた。兄が進路を決めたことに喜んでいるようだ。ミハエルは人の喜びを自分のことのように喜べる、素直で優しい少年だった。

「本当ですか、兄様!」

「ああ。これから俺はちゃんとプロリーグ登録して、試合に出る」

「いいんじゃないか。トーマスは元々デュエルが好きだしな」

 クリスは食後の紅茶を飲みながら、トーマスと目が合うとニッと笑った。トーマスが昔からデュエルが好きなことは、彼がよく知っている。トーマスもその眼に笑い返した。

「トーマスが決めた道だ。僕は異論ないよ。好きにするといい」

 トロンの言い方は、これまでとは違って柔らかい。トーマスに釘を刺すようなことも、皮肉を言うこともなく。仮面で隠れているが、そこから見える片方の眼は穏やかで、息子の道を応援する父親の表情をしていた。

「登録はどうする?本名でするのか」

「あー…そこは考えてなかったなあ。でもW、でいくと思う。そっちの方が有名だし、色々聞かれなくていいから楽だ」

「いいなあ、思いっきりデュエル楽しんでくださいね」

「お前が将来プロリーグ来るなら、道作っといてやるぜ?ミハエル」

「僕はまだプロとか考えてないですよ。今のうちに、学校生活を楽しんで来ますから。それに、僕の実力じゃそんな…」

「研究の合間に私がしごいてやるぞ」

「クリス兄様の修行じゃ死んじゃいますってばあー」

 冗談を言い合い、笑いが飛び交う食卓。クリスが顔に似合わぬ冗談を言ったり、トーマスがおちょくったり、ミハエルが表情をころころと変える。遠い昔の賑やかな食卓が今形を変えて、この家に再び戻って来たのだ。



 トーマスは昔からデュエルが大好きだった。兄や弟に比べ、そこまで成績優秀な「いい子」ではなかったが、デュエルに対する執着心とデュエルを愛する心は誰にも負けなかった。デュエルだけがとりえだった。
 プロリーグは、トーマスの夢だった。一度、極東エリアチャンピオンになってその夢に近づいた。極東エリアチャンピオンになったトーマスにはセミプロとして、様々な所で試合をする機会があった。
 しかし望んでいたはずのそれは見せかけのものでしかなかったのだ。人を陥れ、その座を手に入れた。自分のあるべき実力でなったのではない。チャンピオンの座も、デュエルそのものも、復讐するための道具でしかなかったのだ。

(だけど、今度は違う。俺は俺の実力でプロになる。今度は俺自身の為に、プロになるんだ)

 トーマスは、未来への期待、そして希望を感じ、武者震いをした。かつて人に絶望を与えることを好んだ男が今、希望に燃えている。

 トーマスが自室でデッキ調整をしていると、トントンと部屋の扉が音を立てた。返事をすると、「失礼するよ」との言葉と共にトロンが姿を現した。

「父さん…!」

「プロになることを決めた、君の話を聞いておきたくてね。時間はいいかい」

「ああ」

 トロンはつかつかと中へ入り、ベッドに腰かけた。トーマスはデッキ調整をしていた手を止めて、トロンの方に身体を向けた。

「フフッ。何、緊張してるのかい」

「だって、父さんと二人で話すのって…久しぶりで…」

 トーマスは年齢やその風貌に似合わず、褒められることに慣れていない子供のように小さく肩を竦めた。
 トロンとは二人きりになったことがない。家族の仲が冷えきっていたあの頃は、トロンはトーマスを使い捨ての駒としてしか見ていなかった。トーマスもまたトロンに会うたび、文句と不満ばかりをぶちまけていた。本当は、こんな風に優しくされたかったのだ。父と子として、色々な話がしたかった。親子として接したかった。それの裏返しだった。
 しかしいざ二人、となると変にトーマスに緊張が走った。穏やかな顔をした父に、自分は甘えていいのか?自分はその手をとっていいのか?と、ただ困惑する。まるで人の温かい手を知ってしまった野生動物のような顔をするトーマスに、トロンは懐かしそうに眼を細めて言った。

「トーマスは、よくクリスとデュエルをしていたっけな。クリスにこてんぱんにやられても、もう一回、もう一回って。諦めの悪い子だった。勿論、いい意味でだよ」

「ああ。兄貴のおかげで、俺はデュエルの楽しさを知った。プロは俺の夢だったんだ」

 ぽつりぽつりと、トーマスは自分の幼い頃の夢を語った。いつか、大きな舞台に立って大勢の人に自分のデュエルを見てもらいたい。デュエルを通して、自分の生き様を見てもらいたい。そして、一人でも多くの人に笑顔と元気を与えたい。デュエルにはたくさんの希望と可能性が詰まってる。自分がデュエルをする姿を通して、それを見てくれる皆に教えたい。……それが、トーマスの夢だった。
 トロンの細めた眼が、ふと悲しそうに閉じられた。

「君にとって、デュエルは大切なものだったんだね。チャンピオンは、それこそ憧れだっただろうに。ごめんね…デュエル、もっと楽しませてあげればよかった」

「いいや、父さん……俺はあんな中でも、デュエルは好きだったんだ。父さんが俺からデュエルを取り上げないでくれて良かった。…プロ入り、認めてくれてありがとうな」

「…僕がこの姿のままなのはね、きっと、戒めだと思う。息子である、君達への仕打ちの……。でも僕はそれを受け入れた。父親らしいこと、君達に何もしてあげられなかったけど、君達はこんなに立派に育ってくれた。罪を償いながら、君達の決めた道を見守る。それが僕の、親としての役目だ」

 トーマスは声を詰まらせた。今声を出せば、きっと涙声になってしまう。顔を歪めたまま、トロンを見詰めた。
 トロンはトーマスに向かって両手を広げた。

「おいで、トーマス」

「……父さん!」

 トーマスはトロンの膝に伏した。今まで耐えてきた分、トロンの膝で泣いた。きっとクリスもミハエルもこうしたいのだろうけど、彼らには悪いが今日はトーマスが一人抜け駆けだ。

「立派になったね。プロ入りだなんて、すごいじゃないか。君は僕の誇りだ」

 膝が彼の涙で濡れるのも構わず、幼子にするように、トロンはトーマスの震える背中を撫でた。
 空白の時は戻らない。時計の針を、戻すことはできない。だが、進めることはできる。これからの未来を、家族皆で作っていくことはできる。大切な息子達の未来は、彼らの手に。自分はそれを見守り、最大限に応援してあげよう。
 そんな願いを込めて、トロンはトーマスが泣き止むまで背中を擦り続けた。

 幾分か落ち着いたトーマスは、鼻を啜り、涙を拭いながら顔を上げた。

「……極東エリアチャンピオンとして、ゲストで色んな試合に出てたとき、オファーがあったんだ。本格的にプロとして、活動してみないかって、言われて…。チャンピオンの座は偽物だったけど、試合に出る中で、俺の実力…見ててくれた人がいたんだ、って。俺、デュエルしかとりえがないけど、この世界でやっていけるな、って……そう思ったんだ」

「そうだったんだね。よかったじゃないか。登録は、Wの方でするんだね。そっちの名前でいいの?」

「ああ。父さんがくれたもう一つの名前…俺にとっては、こっちも大切なものなんだよ。無くしたくない。Wだった頃の俺があるから、今があるんだ。今度は新しいWを皆に見せてやる。それに、正体不明のヒーローってのも、カッコいいだろ?」

「フフッ、君らしい考えだ。だがトーマス。君はわかっていると思うが、プロの世界は華やかなことばかりじゃない。実力面でも、その他のことでも、悩んだり挫折しそうになる時が来るだろう。その時は一人で悩まずに、僕達に相談しておいで」

「ああ…!ありがとう、父さん」

 トロンの眼が優しく光る。身体は小さくても、トーマスにとってはかけがえのない、たった一人の父。彼が自分の行く道を応援してくれる。家族が支えてくれる。それだけで、トーマスは強くなれる。
 トーマスは少し照れながらも、満面の嬉しさの中に力強い意志を光らせて、その眼に応えるように笑って見せた。



『決まりましたダイレクトアタック!勝者は、期待のルーキー!Wです!!』

 デュエルが終了した音と共に、空に浮かび上がるWの顔。沸き上がる歓声。
 プロに入って間もないWにしてみれば、中々に手応えのある相手だった。少し読みを間違っていれば危なかっただろう。ふぅ、と息を吐き、Dゲイザーを解く。
 観客一人一人を見渡せば、沢山の顔が目に入った。極東エリアチャンピオン時代から応援してくれていたファン達の顔。笑顔で手を振る子供達。仲の良さそうな親子連れ……。
 皆、Wを応援してくれている。Wのデュエルを、姿を見て笑顔になってくれている。これこそが、トーマスが夢にまで見た舞台だった。見てくれる皆に、希望と夢を与えるデュエル。極東エリアチャンピオン時代に見た、似て非なる光景とは全く違う。トーマスは、自分の力でそれを勝ち取ったのだ。今の彼には何もかもが輝いて見えた。
 そして、カメラの方へ向く。家族にこの試合のことを伝えた時、皆見てくれると言ってくれた。見てるか、と心の中でカメラの向こうの家族に語りかけ、小さくガッツポーズをする。

(父さん、兄貴、ミハエル。……俺、今すごく幸せだ。こんなにやりがいのあることはねぇ。皆、俺を見てくれてる。アツくて、楽しくて、最高だ!この舞台で俺は勝ち続ける。俺の名を、アークライト家の代表として世界に轟かせてやる。だから、見ていてくれ)

 沢山の歓声と祝福に包まれながら、彼は握った拳をそのまま、高々と空に掲げた。

「これが俺の、ファンサービスだ!!」

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