君と僕とは仮面の下を罵り合う関係


 蒼い髪の彼女は今日も愛想を振り撒いている。
 メラグは基本的に誰に対しても人当たりが良い。元々美人だし、そういう愛想のいい性格であれば人気が出るのも当然に思える。メラグに近づこうとする男達は見え隠れする下心を隠しながら、彼女の機嫌を窺うように接する。彼女は聡いからそんなものお見通しだろう。わかった上で、そういう風に接しているのだ。

(あーあ、騙されてやがんの。顔紅くしやがって、照れてンじゃねーよ。アイツの本性知ったら卒倒するだろうな)

 ベクターは知らない誰かと話をするメラグを見ながら、内心毒づく。本性を知っていれば自ら近づきたいと思う男性は少ないだろう。彼女はその外見から想像つかぬ程に暴力的な女王様なのだ。
 メラグが通りかかったナッシュに気付き、声を掛けた。ナッシュの前でもその人当たりの良い仮面を外さない。他の生徒に見せつけるように、「可愛い妹」を演じている。

(全く、女ってのはこえーこえー)

 ククッと一人笑って、ベクターは廊下を後にした。



「お前、疲れねーのかよ」

「…何のことかしら?」

 たまたま、帰りが一緒になった。校門のところで姿を見つけたから少し揶揄ってやると、メラグがそのまま付いてきたのだ。以前の彼女なら怒りながらどこかへ立ち去っていただろうに。そしてベクターもまた、悪態はつくものの大人しく彼女の隣で歩いている。お互いに、一人の帰り道にいい暇潰しの相手を見つけた、と言ったところだろうか。
 前世やらバリアン世界でやら、色々なしがらみから解放された彼女はもう、ベクターのことを根に持っていないようだった。しかし、だからといってベクターやメラグの性格が変わるわけではない。
 人当たり良いお嬢様を演じるメラグはベクターに対しては愛想のいい顔ではなく、どこかいつも上から目線だ。そんな彼女だから、ベクターもついつい張り合ったり、その姿勢を崩したくておちょくってしまう。

「無理して猫被ってんの疲れねーのかよ?」

「別に、無理なんかしてないわ。それに、あなただって散々猫被ってきたんじゃなくて?」

 眼を細めて、他の人間の前ではしないような、強気の笑みを浮かべて話すメラグ。本性の女王様がすっかり顔を出してしまっている。

「ああいうキャラの方が色々と動きやすかったんだよ。皆ころっと騙されちまいやがったからな」

「でも、真月零として皆と過ごすの、楽しかったのでしょう?」

 それには応えなかった。図星を突かれて応えられなかったというのが正しいか。ムッとした表情のベクターに、メラグは勝ち誇ったようにふふっと笑った。

「図星ね」

「うるせーよ」

「女の子はね、可愛く思われたいの。嫌な人でも、そんな顔で接すれば、嫌じゃなくなるわ。そういうの、あなたが一番解ってると思ったのに」

「……解ってるから聞いてんじゃねーかよ」

 本当の自分を隠して、上辺の自分を演じる。他人はその仮面を信じる。良い奴を演じていれば良い奴に映るし、悪役を演じていれば悪い奴に映る。
 しかし本性を隠しているうちに、どれが本当の自分か解らなくなってくる。痛い。苦しい。たすけて。……本当の自分の声すらも、聞こえなくなるのだから、その声が他人に届くはずなんてない。
 自分の考えに基づいて行動しているはずなのに、それが本当に自分の望むことなのか解らなくなってくる。

「……どういう自分を、演じているのが辛かったの?」

「さあな。でも、敵ばっか作ってきたのは事実だ」

「きっと本当のあなたのことを皆知らなかったからだわ。私もそうね……」

「お前も上辺ばっかりで接してたら、いつの間にか敵に囲まれるぜ」

「あら、あなたのそれは演じているの?それとも、親切心からの忠告かしら?」

「好きなように取れよ。俺はそういうの疲れたんだ。好きなように生きるだけさ」

 自分ですらも見失っていた本当の自分を、見つけ出してくれた奴がいた。でもベクターはそいつに礼を言うつもりはない。頼んでなんかいない、馬鹿馬鹿しいお節介だからだ。
 しかし全ての自分をそいつにさらけ出したことで、ベクターの中に存在していたしがらみもなくなっていた。人に世話を焼く自分も、人をおちょくるのが楽しい自分も、人を引っ掻き回すのが楽しい自分も、全部自分だからだ。それぞれの顔を演じているうちに、それは自分の一部分になっていた。
 それら全て演技ではなく、本当の自分の顔だと今は思える。

「きっと、別の顔の自分を隠して演技だけしてるから辛いんじゃない?私はそんなことないもの。ちゃんと私のことを解ってくれる人がいるから」

「まあお前にはお兄様がいらっしゃるからなあ。仲の良いことで羨ましいぜ」

「ナッシュは家族だもの。ナッシュは私のこと何でも知ってるわ。でも、ナッシュ以外にも私のことをよく知ってる人がいるわ」

「ほぉ?」

「意地っ張りな私も、怒りっぽくて、ちょっと乱暴な私も、泣き虫な私も。全部見せちゃったから、その人の前ではもう「綺麗な私」を演じる必要がないの」

「そりゃあ、そいつは御愁傷様ってもんだな。お前の本性なんか知ったら、普通近づきたくねぇぜ。特に怒り狂ったお前は手に負えねぇ」

「それでも、そういう私を見ても敬遠することなく話しかけたりしてくれる人がいるのよね」

「ドルベか?」

「ドルベは信頼してるけど、彼の前では綺麗な私で居たいかな。あの人女性はこうあるべき、みたいなイメージがあるみたいで。私が怒ると慌てるし」

「まあそうだろうな。アイツは頭硬ぇから」

「でもその人はね、私のそういう所を見ても慌てるどころか、楽しんでるからずるいのよ。ムカつくし最初はホントに嫌いだったけど、今は……」

 にこにこと語っていたメラグだったが、不意に頬を染めて、ベクターから視線を外して俯いた。

「そういう、綺麗な私じゃなくて、ありのままの私で居られる人に、守ってもらいたいかな」

 いつもよりどこかしおらしい、珍しいメラグを見て、ベクターは小さく吹き出した。普通の、メラグに近づこうとする男なら心を奪われるんだろうが、今更彼女の女の子らしい顔を見ても、ベクターは笑いしか出てこない。
 しかし、誰に思いを馳せているのか、何だかあからさまに「秘密」を押し出しているような態度が気に入らなくて、揶揄ってやった。

「お前だったら自分の身くらい自分で守れるだろ。そこらの奴より力あるんだしよ」

「もう、言うと思った。女の子の夢を壊さないでよ!」

「お前が女の子の夢なんか語っても可愛くねーよ。彼氏できんのかと思うレベルだっつーのに」

「うるさいわね!良いじゃない、ちょっとくらい夢見ても!悪かったわね、女らしくなくて。小鳥さんみたいに可愛らしい女の子だったら可愛げがあるんでしょうけど。まあ、私はナッシュが守ってくれるからいいもの」

 先ほどまでのしおらしい態度はどこへやら、案の定メラグは頬を膨らませて怒った。怒りの頂点には程遠いが。こういう風に揶揄いがいのある奴は楽しい。普段お高く務まっている彼女は特にだ。
 ベクターが揶揄って楽しんでいる様子を見て何を思ったのか、メラグも次第に顔を綻ばせていったかと思うと、強気な笑みをその顔に取り戻した。

「あなたも、そんな性格で彼女なんてできるのか心配だけどね?」

「あ?別にいなくても不自由してねぇし。俺はそういうの見て揶揄ってる方が性に合う」

「強がってても、顔に書いてあるわよ。寂しそうだこと。遊馬と小鳥さんの仲が良いのが、羨ましいんでしょう」

「別に羨ましくなんかねーよ!彼女欲しいとか思ってねーからな!」

 今度は、メラグが揶揄う番。メラグが優位に立ってベクターの弱みを突っついてやると、彼は途端にむきになって張り合い始めた。

「あ、本音が出たわね!どうしてもって言うなら考えてあげなくもないけど?でもあなたじゃ役不足だわ」

「は、俺は自分の思い通りになる奴が好きなんだ。お前がどうしてもお願いしますって言うなら考えなくもねーけど、まあどっちにしろお前みたいな女は願い下げだな」

 並んで捲し立てる二人の帰り道は、他の友人と帰るよりも一人で帰るよりも、賑やかに時間が過ぎて行く。飽きが来ることを知らないのか、道中延々と相手の揚げ足を取っては罵り合った。そこに居るのは綺麗な自分を演じるメラグでも、弱い振りや嫌われ役を演じるベクターでもなかった。
 賑やかに夕陽の道を歩く二人を見る道行く人は、さぞかし仲が良いと思うことであろう。言い争う二人の顔には、自分達ですらも知らない笑顔が零れていたのだから。 

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