君のやる気スイッチ
目の前でしゃんと座っている人を見て綺麗だな、と思う。あまり喋らないし、大人しくはあるが声をかければ応答してくれるしお礼を言ってくれたりするので悪い刀ではない。しかし今までの子達は我先に戦場へ出て、手柄をたて強くなりたいと言ってきた。なので彼みたいなタイプはどうも困ってしまう。
『戦場へ行きたくないと。』
「はい。」
『そうですか…。貴方はここに来てくれた初めての太刀なので私としては凄くありがたいのですが。まさかそうくるとは。』
「すみません…、しかし戦は嫌いです。刀などぬかれない方がよいのです。どちらかが痛みを知ればまた争いの発端に。私は和睦に努めたいのです。」
『和睦…。』
「ええ、和睦です。」
『江雪さんは、人間のようなことを言うのですね。』
「人間の様…、ですか。」
すっとした綺麗な目で私を見る。初めて太刀がきたと清光と喜んだが、こういう考えがある子もいるのだなと感心した。刀といえど主が違ったり、生きていた時代が違えば考えも違う。本当に人間の様だ、と神様たちに失礼なことを思った。稽古場の方では清光と大和守のおらおら、という声が聞こえる。あの子達の様に血に飢えたお盛んな子とは全く違うのか。
「人の身をえて、主のために尽くすためにここにいるというのに…。申し訳ない限りです。」
『いやいや。顕現されたといっても無理やり呼び起こした、みたいなもんでしょう。君たちにとっては、人間の争いなんて。私も君たちが使われた時代には生きてないけど、争いは嫌だし。こうしてまた戦場に駆り出すために呼んでしまったのは申し訳なく思ってます。なのでとりあえず人の身体になれましょう。』
「…よいのですか?」
『ええ。私は顕現されたからには人の喜びを知ってもらいたいと思ってます。甘いという人も中にはいます。それは戦場では邪魔な感情で弱みになると。しかし私はせっかくこうして巡り合えたのもなにかの縁だし、楽しんでもらいたいのです。』
「楽しんで、」
『遊んでもらってばかりでは困りますが。作物を育てて、美味しいものを食べて。皆で話して笑って、戦場へ行っても帰る場所がある。帰りたいから生きていたい、と思えたらいいなと。そしてできれば私の処へ来てよかったと思ってくれたら私は嬉しいです。審神者をやっててよかったな、と心から思います。まだまだ新米ですがね。』
「主はお優しいのですね。」
『なにを言ってますか。甘やかすのは最初だけ。その身に慣れたらがんがん戦場に飛ばしますからね。なんたって初めての太刀ですよ!うちには短刀ちゃんばっかなんだから。』
「…この世は地獄です。」
ぬか喜びさせたなら申し訳ないが、一生戦わないなんて選択肢はない。まずなにがしたいか、と聞けば戦以外ならなんでもいいとのこと。どんだけ戦うの嫌なんだよ。畑仕事も馬当番も嫌いじゃないみたいで無表情だが嬉しそうにしている。なんだかその姿は可愛かった。そんな生活を1週間してみて次は遠征に行かせて、週末くらいには戦場に行かせてみようか、と勝手に考える。
「主、お庭に花が咲いていましたよ。」
『わざわざ持ってきてくれたんですか?ありがとう江雪さん。』
「短刀の子達と庭を掃除していたら見つけたのです。…私と一緒に戦ってみたいと言ってくれました。」
『そう。まぁ、もうそろそろ行ってくれるとありがたいけど無理強いはしないよ。週末までゆっくり考えて。いってみてから考える、ってのもありだしさ。』
「…はい、わかりました。」
『あはは、嫌そうだなー。』
「そういえば薬研君と厚君は兄なのですか?秋田君が薬研兄さんと呼んでいたのですが。」
『うん、皆藤四郎だから。あの2人は短刀の中でもお兄さんみたい。よく面倒見てくれてるよ。唯一太刀の一期一振、っていう刀がいるんだけど。私じゃまだまだで…。早く呼んであげたいんだけどね。江雪さんにも早く兄弟がくるといいよね。というか私が頑張らなきゃか、ごめんなさい。』
「いえ…、兄弟ですか。人の身に慣れることと戦に行くのが嫌な事ばかり考えてました。私にも弟がどこかにいるのですか。」
そういえば江雪さんは演練にもつれていったことがない。他の左文字も見ていないわけだ。そもそも小夜ちゃんからくるかな、と思っていたのに江雪さんから来てくれて一番驚いているのは私だ。まだ戦場でもドロップはしていない。2振りいますよ、といえば少し嬉しそうにした。
『短刀、小夜左文字と打刀、宗三左文字。そこまでレア度は高くないので割かしすぐに会えるかと思いますが。これから左文字が増えるかもわかりません。私は刀に詳しくないのでこの世に左文字が何振りいるのかも知らないですけど。』
「もし来たら、私が初めて食べさせていただいたあれを食べさせたいのですが。」
『ああ、オムライスですね。では一緒に作りましょう、簡単ですし。短刀ちゃんが喜んでくれるから顕現したてはよく作るんですよ。いるメンバーは飽きてしまうかもですが。でも江雪さんがケチャップで絵をかいてあげたら喜びますね。』
「…なにを書けばよろしいでしょうか。」
『弟の好きなものを。』
「何が好きなのでしょうか。」
『…さぁ。でも今は口があるんですから聞いたらいいじゃないですか。』
「そうですね。」
『そのためにもさっさと戦に行きません?弟たちが今なお敵に苦しめられてるかもしれませんよ?戦いは嫌ですけどなにかを救ったり、守ったりするのに戦いという犠牲は仕方ないくないですか。正当防衛、ってことで。』
「苦しめられてるのですかっ、」
『ええ、そりゃあ。今頃泣いてるかもしれません…。小夜左文字は短刀ですし。宗三左文字も美しいと聞きます。敵に無体を強いられていなければいいのですが、』
ああ、可哀想に。そんな泣き真似をすれば江雪さんがすくっと立ち上がった。この世は悲しみに満ちています、と言いながら今まで見たことない殺意のこもった目で。出陣しましょう、と言ってきてびっくりした。一応すぐに助けれるかわからないと(ドロップなんて運だし)言ったが助けるまで行く、と言い出した。君のやる気スイッチ単純すぎないか。さっさとこの手を使えばよかった、と私は喜び半分申し訳なさ半分の気持ちを堪えた。