07
苗字さんの存在は僕の中でどんどん大きくなっていって。本人はわかってないんだろうけど、いつの間に目で追っていた。少しずつ話すようになって、たわいのない話の中でもそれはあって。いい子だな、とか好きだな、とかそういう事で僕の頭は浸食されていった。そんな時路地裏に連れ込まれるのをたまたま見かけて。
「(思い出しただけでもイラつくな…)」
あの綺麗な肌の僕も見たことも触れたこともない部分。それをあんな奴らが触れようとしていたと考えただけでも腹が立つ。苗字さんもどうってことない、みたいな顔をして。その時はその時だ、そんな言い方に僕の理性はいともたやすく崩れた。だったら僕が汚したってかまわないだろうと。本当は優しくしたいのに、どうしてこうも上手くいかないのか。怒るな、と自分に言い聞かせて少しは反省してほしくて。
「(だからってキスしていいってことじゃないだろ…)はぁ、」
「お、堀川。煙草はやめたんじゃなかったがか。」
「む、陸奥守さん!?」
「さんづけらぁていらん。名前から連絡あったけど一緒じゃなかったがか。近くにいて心配やき見にきたんやけど。」
「苗字さんなら今さっき帰りましたよ。家まで送るって言ったんですけど、大丈夫って聞かなくて。」
「そか。助けてもろーたみたいで、サンキュウな。久々にきれた言ってたが、」
「そういえばむっちゃん、じゃなくて陸奥っていってましたね。」
「ああ、それは切れてるなぁ。もっと切れると吉行!言うてくる。ほりゃあさておき、そのこと抜かしても様子が変じゃったけど堀川のせいか?」
「…変でした?」
「別になんも責めとらんよ。わしはただの幼馴染じゃ。あいつが泣かにゃぁいかんほきいい。和泉守やないしな!」
ケラケラと笑う陸奥守さん。どうやら僕がキスしたことは言ってないみたいだけど薄々気づかれているようだ。よろしく頼む、と笑顔で去っていった陸奥守さんに色々敵わないなと溜息をつく。苗字さんが言ったように僕らは昔敵で。話し合おう、と言ってくれた陸奥守さんを突っ返したこともあった。主に兼さんが、だけど。そういう事も知っているから尚更苗字さんはキレたんだろう。
「(なにもしらないくせに、か)僕は彼女の何をしっているんだろう。」
煙草を消して考える。心にそうやって思っていても2人とも僕らに笑顔で接してくれた。そして苗字さんは心のうちを話して、謝ってくれた。陸奥守さんは苗字さんをよろしく、と信頼してくれた。大人な2人にへこむ。自分はただ行動をぶつけただけだ。明日謝ろう、とその日はふて寝を決め込んだ。次の日、どのタイミングで謝るか中々タイミングをはかれずまた自分にイラつき屋上でサボっているとまさかの本人が来た。
「あ、苗字さん。」
『まーた、煙草吸ってる。最近多いんじゃないの堀川君。』
「えっと、考え事が増えたからイライラがね…。よかった、どっかで話たいと思ってたんだ。」
『うん、私も。あー、昨日の事聞きたくて。その、色々考えたんだけど私こういうの苦手で。はっきりさせたくて、』
「あ、いや僕もそのいきなりごめんね。昨日は怒りに任せて…、」
『…謝ってほしいわけじゃなかったけど。そっか、イラついてたからか。そうだよね。あ、イラつくと煙草が吸いたくなるしそれと一緒?とりあえず身近にいたから的な、』
「苗字さん。」
『は、はい。なんか怒ってる?』
「うん、僕の思いはこれっぽちも届いてないんだなって思って。昨日は急にキスなんかした僕が悪いんだけど。これほどまでに意識されてないとちょっとな、」
『えっと、ん、』
細い腕をとって壁に縫い付ける。いとも簡単に捕まって、抵抗する力もねじ伏せられる。昨日の事がまた蘇って胸がざわりとした。こんな抵抗しかできないのに男4人を相手にしてたなんて。あの時僕があの場にいなかったら、そのことが頭から離れない。煙草の味が苦しいのか涙目になる彼女の顔に血が騒ぐ。ああ、もっと欲しい。舌を入れて、歯をなぞって、口を犯す。零れた唾液をなめとって、頬に甘噛みすれば面白いくらいびくり、と震えた。
「苗字さんが言ったんだよ。煙草をやめるにはキスしたらいいって。それから僕と付き合うか。怒るところが見たいから彼女にしてくれ。どう?最近はお望み通り昔の僕みたいじゃないかな。」
『あ、』
「僕は好きな子には優しくしたいのに。君はちっとも気づいてくれないし、冗談半分で煽るよね。こうやって本気にされたらどうするの?昨日だってこんだけの抵抗でこんなキスの先までされたら。それはそれ、って言ったけど本当に?」
『ほりか、』
「本当にそう思ってるなら、僕も黙ってないんだけど。ねぇ、こういう僕が好きなんでしょ?どう、今僕は怒ってるよ。苗字さんがあまりにも無防備に気を許すから、それにつけ込もうとしてる。」
『まっ!』
「待たないよ、もう十分待った。知らないだろうけど、ずっと待ってたよ。君が言った一言一言に、翻弄されて。期待させるようなことばかり言うから、調子にのっちゃったんだよ。本気にするよ、僕は。」
『っ、』
掴んでいた腕をなぞって苗字さんの手に絡める。反対の手で腰を引き寄せてもう一度キスをする。何度も何度も角度を変えて味わうように。ずるずると壁をつたってへたり込む彼女を追いかけてしゃがみ込む。涙目でもう許して、と言わんばかりの目は逆に僕を熱くする。可愛いね、そう小声で言えば赤い顔でふるり、と震えた。ああ、まずい。これより先はここではさすがにまずい。ごくりと唾を飲み込んで、ネクタイを緩めれば更に怯えた目で見られてしまった。
「…反省した?」
『へ、』
「苗字さんはしっかりしててなんとかするかも知れないけど。昨日みたいなことは心配するから。近藤さん達が仲良くなったように僕たちも仲良くなれたらなって思うし。だからなにかあったら連絡して。わかった?こういう事あいつらからもされたい?」
『…嫌。わかった、誰か助けを呼びます。』
「違うよ。誰か、じゃなくて僕を呼んで。」
『堀川君、』
「うん。」
『堀川君、本当は怖かったよ。あんな風に言ったけど、あんな奴ら話すのも触れられるのも嫌だよ。本当はもっと早くむっちゃんたちと仲良くしてほしかった。皆が怪我するのは嫌だし、見てるだけも嫌だよ、』
「うん、ごめんね。僕が守ってあげるから側にいてくれる?」
『っ、ひっく、』
「え、そこは返事が欲しいんだけど。」
泣き始めてしまった彼女を抱きしめる。一瞬体が強張ったのを見て、僕も相当脅かしてしまったと反省する。おでこにキスをすれば今度は固まった。怖くないよ、と伝えるために背中をあやすように叩く。綺麗な髪を優しくなでれば落ち着いたのか身をゆだねてくれた。僕の心もようやく落ち着いてきて、煙草が吸いたい衝動は収まっていた。