お手をどうぞ、とほほ笑んで

庭や校庭を歩くたびに感じる視線。その視線は確認しなくても容易に想像がつく。目印の小石や木の棒を見て避ける。そういうのがあるのは可愛い方で、本気で落とそうとしている奴の罠は見抜くのが大変だ。だけど私はひっかからない。奴が掘ったターコちゃん達には。

「頼むから落ちてやってくれ!」

『なぁに、留三郎。私にわざと綾部の罠にかかれっていうの?』

「お前が落ちないせいであいつが穴を掘りまくってんだよ!伊作や保健委員が落ちまくって怪我するわ、俺達用具委員会が埋めるわでっ…。もう大変なんだ!」

『それ私関係ないよね。伊作と保健委員は相変わらずの不運で同情するけど罠に落ちる時点で修行不足。用具委員会はそれが委員会の仕事でしょ。というかどっちにしろ私にいわないで綾部にいいなよ。』

「正論だっ。名前の言う事は正論だがな、あいつが聞くと思うか!?聞かないからお前に頼んでるんだ!」

『なにそれ理不尽な。』

「ごめんね名前。穴に自分から落ちるなんて嫌だよね。でもこのままじゃ傷薬や包帯が減る一方で…。」

『伊作は落ちない方法考えなよ。』

「どうしても不運が発動しちゃうんだよねぇ。」

『大変だねぇ。』

伊作と留三郎の部屋に呼ばれていっていればこの状況だ。土下座となる勢いで罠に落ちろ、と頼んでくる始末。すべては数か月前。仙蔵に用があり作法室に行けば穴掘り小僧、天才トラパーの異名を持つ綾部と遭遇。なぜか作法の後輩自慢を聞く事になり、1年生のカラクリや綾部のタコ壺の話になった。

「大体お前が私そういえば一回もかかったことないや、なんていうからあんな事にっ。」

『まさかここまで対抗意識を燃やして掘るとは思わないでしょ。大体くのいちはお昼と用がある時しかこっちに来ないし。大体は保健委員会がひっかかるし。裏山とかでも目印あるし、』

「それでも皆1回は落ちてるよ。名前は運がいいんだね。」

『運がいいのか?そんなに強運を持っているなら伊作に運を譲ってあげたいよ。』

「ありがとうー!!」

『…うん、まぁいいや。綾部にも色々説明したんだけど聞いてくれないんだよね。寧ろ落ちるならどんな穴がいいか、とか今日のは自信作だから是非落ちろ、とか意味わからない会話される。』

「懐かれたのか。」

『あまり嬉しくない方向にね。私が落ちたからといって減るかなぁ。』

「でもそれしか方法はないだろ。1年生が落ちたらどうするんだ。」

『保健委員会を歩かせとけばいいじゃん。確実にどこに穴があるか自ら落ちて証明してくれるよ。』

「やめてよ!」

薬草が駄目になって、とか一緒に物が落ちてきてなど聞いてたらなんだか本当に不憫に思えてきた。まぁ、私が1度穴に落ちてすべてが平和にすむならいいだろう。行ってくるよ、と言えば2人に泣きつかれる勢いでお礼を言われた。苦労しすぎだろ。庭を歩き絡む視線を感じた後穴に落ちてみた。

『ふーん、タコ壺ってこんな感じなんだ。』

「名前先輩。」

『よ、綾部。初めて穴に落ちちゃったよー。さすが綾部の作った穴。側面は綺麗だし、芸術的な穴だね。』

「ありがとうございます。それ自信作です。でもわざと落ちましたよね?」

『なんのことだか。』

「僕は別に怒っていません。いいんですよ、わざとでも先輩が入ってくれれば。」

『そう、じゃあもう出て、なんで綾部も入ってくるの?』

「名前先輩。貴方をどうしてもタコ壺に落としたかった。というか一緒に入りたかったんです。最初は勿論悔しいと思ってやっていましたが話しているうちに違う感情が芽生えまして。」

『え、』

「タコ壺の事聞いてくれて、いいアドバイスもくれて。それでいて落ちないだなんて。僕をこれほど熱中させて向上心を身に着けさせたのは貴方が初めてですよ。だからね先輩。誰にも邪魔されずゆっくり話したかったんです。」

『へ、部屋でもできるじゃん。』

「だってお互い同室がいるし、禁制でしょ。ここなら落ちちゃった、っていう正当理由があります。それに狭いし逃げれない。名前先輩の事色々知りたいんですよ。好きにさせた責任、とってくださいね。」

土の香りと綾部の匂い。上を見上げても空じゃなくて綾部しか見えない。逃げようにも狭くて上手く動けない。ここは彼のテリトリーだ。私はもう彼の罠に落ちてしまったのだ。それから私を知る、ために色んな事した綾部が笑顔で手を差し伸べてくれるまで数時間。まじで伊作に運を分けてしまったかも。
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