きみを好きでいたい
最近気づいたけど、ミョージはいい香りがする。なんだろう、体臭とか、それとも服の香りか。なんであれ俺の好きな香りだ。
香水でもしてるの? とナマエに聞いてみれば彼女は少し面食らったような表情をしたのちに不思議そうな顔をつくる。
「私香水しないわよ」
「あれ、そうなんだ」
「だってどこにどうつけるのかとかわからないもの」
わからないときたか。ただ単につけないタイプとかじゃなくてわからないからつけないときたか。ミョージは本当に10代の女の子なのかな? 知識くらい持ってろといいたいんだけど。
それにしても香水つけてないのか。じゃあ体臭? 女の子に体臭? とか聞くのは流石に失礼ってわかるけど気になるし聞きたい。けど聞けないしなあ……聞いたらミョージべっしべし殴ってきそうだもんなあ。音しかかわいくないからなあ。細身に見えてミョージの腕力割とゴリラだからなあ……骨折れることになりたくないし察してくれないだろうか。
「もしかして私変な匂いとかした?」
あ、察してくれた。
「うんうん、やっぱり勘のいいこはすきだよ」
「何の話よ」
「こっちの話。まあ、別にミョージから変な匂いがする訳じゃないから安心して」
そう言ってからミョージがいい香りがするということを説明する。めちゃくちゃ好きな香りだということも添えれば彼女はちょっと赤くなってから俺の頬を思いっきり引っ張ってきた。
「ちょ、とれるとれるとれる!! 自分の腕力考えてよ!」
「人並みよ!」
「うそつけ!」
絶対嘘!
「大体、人の匂いがすきとかなにそれ変態……? それとも遺伝子が遠いとかそういうアレなわけ」
「はあ?」
「それこそこっちの話だわ」
ムスッと頬をふくらませるミョージ。ようやく手を放してくれ、ひりひりとする頬を触れる。
その行動を見て心配になったのか、反対側の頬にそっとミョージの手が触れた。少しだけひんやりとした冷たい手だった。
「流石にやりすぎたわね……赤くなってる。ごめんね」
「謝るなら次から手を出さないでほしいな」
「それは無理」
「即答なの」
つい、くすくすと笑ってしまう。
ついこの間まで俺のことなんか大っ嫌いって思ってたくせに。俺も彼女のこと好きになるとは思っていなかったのに。
人って本当に不思議だ。正確には、感情というものを強くもつ人が不思議なんだけど。1度好きだと思ってしまえば、痛いことされても、どこかふてくされてるめんどくさいところも、心配そうにしてくれるところも。全部全部愛しいと感じることが出来るんだから。
「ちょ、」
気がついていたらミョージの腕を引っ張り、座る俺の腕の中へすっぽりと納めてしまっていた。とっさのことで反応出来なかったらしいミョージはなんの抵抗もせずにあっさりと俺に抱きしめられて少し混乱しているようだ。あ、とか、う、とか言葉にならない声を上げている。
「ああもう、本当に今日はなんなのかしらマルシベール。デレ期?」
「デレ期て。俺はいつでもミョージが好きだよ」
「キャラが変わりすぎなのよ。気づいてなさそうだからいうけどね、きみ付き合う前よりだいぶ素直になってるわよ?」
確かにそれはそうかもしれない。素直っていうか多分ちゃんと好き好き言えるようになった。
別にミョージがはじめて付き合った女の子でもなければ、好きって言わなかった訳でもないけど。相手にちゃんと伝わるくらい好きって言いたい女の子はミョージがはじめてなのだろう。
それくらい彼女のことが好きになれたんだ。じゃあキャラがかわっていても別に問題はないんだよね。
「好きなので仕方がない」
「またそういうこという」
「本当だよ? 腕力ゴリラなところも好きだよ」
「人並みだって言ってるでしょう」
「怒った時の低い声も好き」
「ちょっと」
しっかりと抱きしめているせいか、俺の好きなミョージの香りがより一層強く感じた。ああ、やっぱり好きだなあ、この香りも、ミョージも。
「香りも好き。顔だけが美人なところも好き。性格が悪いところも、シスコンブラコンで変態なところも、すーぐ殴ろうとしてくるのも、俺は好き」
彼女と目線を合わせ、微笑めば、気恥しいのかなんなのか、そっぽを向いてしまう。そんなところも本当に好きだ。
大して力の入れていなかった俺の腕からするりと抜け、ミョージはサッと立ち上がる。しばらく(幸せが逃げそうなくらい)ため息をつくばかりしていたものの、じとっとした目で俺を見下ろすとまたため息をついた。
「幸せ、逃げるよ」
「逃げたならつくればいいでしょ」
それより、と彼女は続ける。
「私もきみのことが好きよ、マルシベール」
「!」
「顔が無駄にお綺麗なところも、お互い様な性格の悪さも、笑い上戸かと疑うところも好き」
「あの、ミョージさん?」
「好きなことに没頭すると普段より饒舌になるところが好き。悪ノリできるところも好き。苦手な科目の勉強は投げ出すところも好き。箒に乗るとき少し幼くなるところも、」
「ストップ、ストップ!」
彼女の口に手を当てて、慌てて止めさせる。
流石に恥ずかしかった。
「あら、いいもの見れたわ」
俺の手を簡単に外し、ミョージは微笑む。彼女の瞳の中に映る自分の姿ははっきりとは分からないけれど、きっと真っ赤になっているのだろう。そんなことがわかってしまうくらい、熱をはっきりと自分で感じていた。
人に好きというのは至って簡単なのに、どうして好きと言われるとこんなにも恥ずかしいのだろうか。少しはミョージの気持ちがわかった気がする。
「……いままでさ、付き合ってた女の子とは、お互い深いところまで知ろうとしなかったんだよね」
「ほう私の前で元カノの話をするとは。イケメン爆発して」
「聞いて?」
ここは過去の女の子に嫉妬するべき場所だと思うんだけど。なんで俺の方に殺意みたいなの向けられてるのこわ。
「とにかく、結局本気で俺のことを好きでいてくれるのはミョージだけっていうか、ミョージだけでいいっていうか」
「?」
「えーっと、もっと知りたいと思えるのがミョージだけといいますか」
そう言えば、ミョージはどこか楽しそうにケラケラと笑う。
表情がよく変わる女の子だ。前は睨んできたりするだけで笑顔らしい笑顔も見せてくれなかったのに。……そういうところもやっぱり好きだ。
「ふふ、じゃあたくさん知るために末永くよろしくね」
「プロポーズかって」
「まさか」
この先、彼女とどうなろうと関係ない。今はただ、俺に笑いかけてくれるミョージを好きでいられることが幸せだった。
「ところで結局なんの香りだったのかしら」
「シャンプーとか?」
「ああなるほど……」
2017/04/04