「赤也、好きだ」

その言葉が完全に時を止めた。



同じテニス部で一つ上級生の先輩。
俺よりテニスも上手くて凄く頭もよくて、
顔立ちや立ち振る舞いすらもそこらの女子なんかと比べものにならない位綺麗な柳さん。

あの人の隣に居る事が心地良くて、頼れる先輩として慕っているうちに自分の内に秘めていた感情に気付いてしまった。

俺は同性である柳さんに恋をしていたのだ。

当たり前だけど片想いだった。
柳さんは、物腰の柔らかさと人あたりも良くて友達も多いし、抜群のルックスも合間ってかなりモテる。
彼女が居ないのが不思議な位だ。
俺は複雑な心境ながらも仲の良い先輩と後輩という関係に甘んじていたのだった。

都大会予選を控え一日中部活三昧だった日曜日。
部活が終わったら大事な話しがあるから部室に残るようにと柳さんに言われた。
そしてこの誰も居ない二人きりの部室で告白を受けた。

目を白黒させ硬直しきった俺に、付き合ってくれないか…?と問うと少し俯いて俺から目を反らした。

まるで夢の様だ。

いや、夢でも見てるんじゃないだろうか。




「え、あ、柳さ……」

突然過ぎる出来事に頭が混乱して上手く言葉が出て来ない。湯気でも出るんじゃないかと思う程に顔が熱い。
なんとか口をついて出たのは情けなく掠れた声だけだ。

「俺は、赤也が……」

そんな俺に柳さんは再び俺の目を見据えてもう一度、好きだ、と溢した。
附された瞼を縁取る長い睫毛が微かに震えている。
柳さんも緊張しているのだろうか……。


(……やばい、凄く可愛い。)

今すぐに柳さんを抱きしめて自分のものにしてしまいたい衝動に駆られる。

ドクドクと高鳴る鼓動の音が酷く煩くて、これからどう返答するかという事に全神経を集中さる。
上手く飲み込めない空気がごくりと喉を鳴らした。
勿論、答えはイエスだ。それしか有り得ない。


「柳さんっ、俺――」

……俺もアンタが好きだ。
そう伝えようと意を決した時だった。


「騙されたな」

愉しそうな笑い声と共に、さっきまで悲願そうな面持ちで俺を見つめていたはずの柳さんが破顔した。

面白くて堪らない、という顔で柳さんは言う。

「赤也、今日は何月何日だ?」

俺はわけも分からず、柳さんに促されるままに部室の卓上カレンダーに目をやった。

「4月1日……っス」
「ああ、そうだな」

柳さんは相変わらず愉しそうに笑っている。
俺は未だに自分が置かれている状況が理解できず、必死に無い思考を巡らせる。
それを悟ったのか柳さんが口を開いた。

「今日は4月1日。エイプリルフール。全て嘘だ」
「エ、エイプリルフール……っ?!」

裏返った声が情けなく部室に反響する。


「ここまで信用されるとは思わなかったな」
「……あ、アンタ」
「すまない、出来心だ」

そう言って柳さんは笑いながら俺の頭をくしゃりと撫でた。
"全部嘘。"俺の中で柳さんの声が木霊する。先程まで思い描いていた幸せ達がガラガラと音を立てて崩れ落ちていくのを感じた。
まるで天から突き落とされたようだ。

……先輩が可愛い後輩をからかう事などよくある話しだ。
柳さんは冗談で俺をからかっただけ。
それを真に受けた俺が馬鹿だっただけ。
俺が勝手に舞い上がって、裏切られたような錯覚に陥ってるだけ。
柳さんは何も悪くない。
こんな現実に在りもしないことを馬鹿正直に信じた自分が悪いのだ。

どろどろとした複雑な気持ちが渦巻いて俺の中に蓄積されていく。

顎に握り拳を添えて、良いデータが取れたな、と柳さんは呟いた。
それが無性に俺の心を締め付けた。
俺は半場奪い取る様に自分のロッカーからラケットバッグを引きずり出して言う。

「俺、帰るんで!!」

そう言うなり部室を飛び出そうとした。
が、俺の腕を柳さんが掴んで引いた。

「赤也、」
「なんスかっ!!」

俺は声を荒げて柳さんを睨み付ける。
とにかくこの場から、一刻も早く柳さんの側から離れたい。
現実を突き付けられた自分が惨めで情けなくて、堪えられなかった。

「あ、赤也……」

珍しく歯切れの悪い言葉を返した柳さんの声が、更に俺の苛立ちを煽る。

「俺は……」
「もうからかうのは止して下さい!!」

柳さんが口を開くのと同時に、俺は柳さんの手を強引に振りほどいて今度こそ部室を飛び出した。


――柳さんが俺を、恋人として、そういう意味で好きなってくれる事なんかあるはずもない。

夢は、夢でしかないんだ。
ましてや同性相手に叶うはずがない。
こうして、俺の儚い恋心は叶う事無く散っていくのだろう。


「ちくしょおおぉ!!!」

俺は全力で走った。
行きたい場所なんてない。けれど、いっそこのまま走り続けて知らない場所で消え果ててしまいたいとも思った。
熱いものが込み上げてきて、気付いたら涙が頬を伝っていた。









「赤也……」

俺はぽつりと呟くと、走り去る赤也の背を只暫く見詰めていた。
未だに高鳴る事を止めない心臓に嫌気がさし、自嘲気味に口元を歪める。
笑い声が誰も居ない部室に虚しく響く。
開け放たれたままのロッカーにもたれ掛かかると、ずるり、と崩れ落ちた。



――全て、全て嘘だったらよかった。


「全て嘘だった、」


そう言ったのが嘘だったと言ったら。
赤也、お前はどうしていた?










prev|next
(1/1)
list

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -