「クライサちゃん、手貸して」
ん、と。上機嫌そうな彼の顔も見ないまま、ぞんざいに自らの右手を寄越した。左手は書物の頁を捲るのに忙しい。目は文面を追うのにもっと忙しい。
そんな雑な応じ方でも総司は構わなかったようで、貸した右手に何やら細工を始めた。手首に感じるのは、布だか紐だか、よくわからない肌触り(しかしわざわざ確認する気にもならない)。
「出来た」
その声を聞いてから、漸く紙面から目を離した。顔を上げ、そのまま右方向へ。視界にとらえたのは、予想と何一つ違わない総司の笑顔。そして。
チリン。
「……」
右手を目線まで持ち上げる。手首に巻かれた紅色の紐。二重三重に巻きつけられたそれが吊すのは、チリチリと音を鳴らす小さなもの。
「…何これ」
「鈴だよ」
「うん、そうだね。そのくらいはあたしでもわかります」
ちょっと腕を動かすだけでチリチリうるさいというのに、総司が入ってきた時も、それどころかすぐ隣で人の腕にこれを縛り付けていた時さえも、あたしの耳にはその音は全く入ってこなかった。
そりゃこれでも天才と言われた錬金術師、集中力にはそれなりに自信はあるが、集中しすぎというのも問題だ。総司の気配は察していたのだから、致命的な隙ってわけでもないけども。
……まぁ、今はそんなことは横に置いといて。
「どしたの、これ」
「昼前、市中に出かけた時に買ってきたんだ」
「鈴を買いに出たの?わざわざ?」
「そう思うの?」
「思ってないから聞いてんだよ」
詳しく聞いてみると、総司はもちろん、初めから鈴を買いに出かけたというわけではなかったらしい。用事が何だったかは知らないが、たまたま目についた露天商が並べていたこの鈴が、本当にたまたま気になったというだけだった。
「なんとなく、君のことを思い出してさ」
「へぇ。沖田組長に気にしていただけるなんて光栄至極。ありがとうございます」
「もう少し感情込めてくれてもいいんじゃない?」
「鈴なんかもらっても嬉しくないです」
「…君って、本当遠慮ないよね…」
「そういう人間だから、アンタの補佐なんかに任命されるんじゃない?」
苦笑する総司に平然と返しながら、もう読書する気にもならないからと本を閉じる。
「冗談抜きで、こんなのもらっても困るよ。身につけようものなら、ちょっと動くだけでうるさくてかなわないし」
「そう?猫みたいで可愛いじゃない」
「……アンタ、飼い猫に首輪でもつける意味で買ってきたの?」
手首に結ばれた紐を解きつつ問えば、総司は肯定ととれそうな笑みをこちらに向ける。そうですか、猫扱いですか。
「君がいらないなら、返してくれても構わないよ?かわりに千鶴ちゃんにあげるから」
「…千鶴に?」
「うん。あの子なら、そんな邪魔なものでも喜んでもらってくれそうだし」
「…………それはやだ」
「どうして?」
「知らないけど」
「だっていらないんでしょ?」
「いらないけど」
「だったら返して」
「やだ」
「どうして」
「どうしても!」
あたしの手から持っていかれそうになった鈴を奪い返して、その紐を腰に巻いた帯に括り付ける。歩けばそのたびに鈴が音を鳴らしそうだが、手首に巻くよりはよっぽど耳に障らないだろう。
総司は、悔しいが全部わかったみたいな顔をして手を伸ばし、あたしの腰にぶら下がっている鈴を指先で弾いて鳴らす。
「なくしたら切腹だからね」
「は!?何をバカなこ…」
「ん?」
「(このひと目が本気だ…!!)」
(土方さん、呼んだー?)
(おう、来たか。…なんで鈴なんかつけてんだ?)
(……飼い猫なんだって)
(…は……?)