千鶴がいつものように境内の掃除をしていると、中庭のほうから何やら声が聞こえることに気付きました。屯所中に響き渡るほど大きな声ではないけれど、決して穏やかな口調ではありません。まるで責め立てるように続く声が、麻倉、と友人の名を紡いだような気がして、千鶴は物陰からそちらを覗いてみました。

「沖田組長の補佐役だか知らんが、聞いてみれば元はただの居候だというじゃないか!そのような者に、何故我々が従わねばならんのだ!」

そこにいたのは二人の人物で、片方は千鶴の友人である『麻倉』と呼ばれる少女、もう一方は凛々しい顔つきの隊士でした。隊士は少女に正面切って文句を言っているようです。少女はそれを、ただ静かに聞いています。

「しかも君は女子だ!君自身は男装をして隠しているつもりかもしれんが、隊士のほとんどが気付いている!君はこの新選組にいるべき人間ではないだろう!」

沖田総司の補佐役として、彼のそばについたり、時には彼の代わりに一番組の指揮をしたり、時には道場で剣術の指導をしたりする少女に対して、その隊士は不満を持っているようです。
千鶴は普段、彼女を尊敬してやまない隊士ばかりを見てきたので、不満を露わにする者の存在を知ってとても驚きました。しかし改めて考えれば、腕に自信を持って入隊してきた男たちが、自分より明らかに年下の小娘に指導されていることに不満を感じない、というほうがむしろおかしいのです。

隊士の気はまだ済まないようで、続く罵りに千鶴が不安を覚えた頃、ちょうど通りかかった藤堂平助と永倉新八が彼女に声をかけました。千鶴から話を聞いた二人は、同じように物陰から隊士と少女の様子を覗き見ます。

「あいつ、確かこの間入隊してきた奴だったな。北辰一刀流の出だっつったっけか」

「ああ。弟子だか仲間だかをごろごろ連れて入隊して、結構腕が立つから一番組に入れたって話だけど…」

「なるほど、だから麻倉に難癖つけてやがんのか」

「中途半端に腕がいい奴って、一番面倒くさいもんなぁ」

二人は会話を重ねながらも、少女を助ける気は更々ないようです。これも彼女の日頃の行いゆえか、それとも単にそう珍しいことではないのか。千鶴は不安ではありましたが、やはりあの少女のことなので心配ないだろうという気持ちもあり、特に口を出すでもなく様子を窺っていました。

「あ、おい!」

突然、新八が声を上げました。少女を怒鳴りつけていた隊士が腰の刀に手を伸ばしたのです。その手が鯉口を切るのを見て、平助と新八はさすがに慌てました。
新選組隊士は私闘厳禁。副長にバレれば切腹は免れないでしょう。ほとんど隊士と同じ扱いを受けている彼女も、もしかしたら同じ罰則を受けることになるのかもしれません。
彼が刀を抜く前に止めねば、と平助らが駆け出そうとしたその時、

「おごふっ!?」

少女の蹴り上げが、見事に隊士の顎に命中しました。クリーンヒットというやつです。

「黙って聞いてりゃベラベラベラベラくだらねぇことくっちゃべりやがって…」

それはそれは不機嫌そうに開かれた口から、聞いただけで地獄の底が垣間見えるような声が、顎を押さえて踞る隊士めがけて落とされます。少女の全身から苛立ちが噴き出して見える様子は、さながらあの鬼副長のようでした。
少女は身を屈め、座り込む隊士の胸ぐらを掴むと思い切り顔を近付けます。そして間近から隊士の両目を覗き込みながら、強い口調で続けました。

「つまりアンタの主張はなんだ?素性の知れないガキに上に立たれるのが嫌ってか?女に負けるのは許しがたいっつー男のちっさい矜持か?」

「いや、その…」

「んなもんアンタがあたしより強けりゃいいだけの話だろうがよ。違うか?」

「……違いません…」

「あたしとまともに打ち合うことも出来ないくせに、文句ばっか一人前になったってしょうがないでしょうが。口より腕磨け。喚くために新選組入ったんじゃないでしょ?」

「……はい…」

「ガキに指図されるのは嫌だろうけどさ、ここは新選組なんだよ。重視されんのは年齢や生まれなんかじゃなくて実力だ。口ばっか達者でも、確実に死ぬよ」

「……おっしゃる通りで…」

「……アンタ努力家なんだからさ、これからまだまだ強くなるよ。慢心してちゃ勿体無い」

「……!!」

「あたしより強くなれるかは、アンタの頑張り次第だね」

そこで初めて、少女は笑みを浮かべました。隊士の胸ぐらを放し、立ち上がると、話は終わりだと言わんばかりに隊士に背を向けて歩き出します。

「……麻倉先生!」

数歩進んだところで隊士に名を呼ばれ、少女が振り返ると、決意めいた表情で隊士が言いました。

「私は必ず強くなります!そしていずれ…あなたのお側で、あなたをお守りします!!」

「え?ああ、うん。頑張って」

それをしっかり見ていた新八と平助は、千鶴の横で深々と溜め息をつきました。

「やっぱりこうなったか…」

「ほんと、左之さんの女たらし並みにタチ悪いよな…」

「永倉さん、平助君、それはどういう…?」

「あー…麻倉のやつ、総司の補佐についてから、今みたいに平隊士にちょくちょく絡まれてたんだけどな」

「そのあしらい方がさ、クライサのはなんつーか…男前っていうか、漢前っていうか…」

つまり、そういった隊士は皆敵意を持って彼女にぶつかっていったというのに、男前な態度であしらう少女に惚れ込んでしまったということのようです。少女本人にはそんなつもりはないようですが。
ちなみに以前その現場を目撃した鬼副長は、それも一種の才能だと評価していました。

「で、でも、いいこと…ですよね…?」

「ま、まぁそうだよな…?」

「あ、ああ…隊士たちの士気が上がってるってことだしな…」

それでも何故か、素直に頷き難い三人なのでした。





(意外とカリスマ性あります)






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