「来ちゃった」

「来ちゃったじゃねぇよ。来た理由を言えっつってんの」

廊下には千ちゃんと君菊さんもいたにはいたのだが、その二人の前に立っていたのは何故か総司だった。屯所待機を命じられていた筈の彼がどうしてここにいるのか。問うてみれば、彼は山崎君の報告を聞いたので、他の隊士たちより一足早く屯所を出たのだと。土方さんの命令であたしと千鶴を迎えに来た、とか言っているが、どこまで本当かはわからない。

「それでこの子たちにここまで案内してもらう間、クライサちゃんにも女の子の格好させてあげたいって話をしてたんだ」

「あなたに似合う着物持ってきたからお着替えしましょうね、クラちゃん!」

「ああもうやっぱりろくなこと企んでねぇ!!」









「やっと帰ってきたか、お前ら。随分遅かったじゃねぇか」

屯所に戻ったあたしたちを迎えてくれたのは土方さんだった。些か怪訝そうな顔をした彼に、総司は笑顔で軽い謝罪を述べる。その横で千鶴は礼儀正しく頭を下げた。

「すみません。着替えに時間がかかっちゃったみたいで」

「遅くなりました」

「いや、何事もなかったならいい。ご苦労だった」

千鶴に労いの言葉をかけてから、土方さんはついでのようにあたしへと視線を向け、それから珍しく目を丸くした。

「なんでお前はぐったりしてんだ?麻倉」

「乙女の純情を弄ばれた…というかむしろ乙女に弄ばれた?」

「は?」

なんのこっちゃと言わんばかりに土方さんは首を傾げるが、細かく説明する気力はなかった。隣でにこにこ笑っている総司が心底憎たらしい。
あの後、ほぼ強制的に芸者の格好やら振り袖姿やらを披露させられて、あたしの疲労はピークに達していた。精神的に。なんで総司があんなにあたしの女装姿(?)を見たがったかわからんが、それ以上に千ちゃんの凄まじい迫力が怖かった。女の子に可愛い格好させるのはあたしも嫌いじゃないから気持ちはわかるが、それにしたってあれは凄かった。拒否なんか出来るわけないって。

「……何か知らんが、お前もご苦労だったな。今日はもう休んでいいぞ」

「そうする…何かあっても出来る限り呼ばないでね…」

「えー?クライサちゃん、僕と遊んでくれないの?」

「散々あたしで遊んどいてまだ足りないの!?」

ちなみに屯所の襲撃計画に関しては、連れ帰った浪士から詳細を聞き出したおかげで未然に防ぐことが出来た。結局、そのメンバーの中にいた綱道さんらしき人物というのは別人で、千鶴は心底安心していたようだ。彼の所在が知れないのは相変わらずなのだが。

それはそうと。
島原でのあたしの暴れっぷりはどうやらすぐに市中に広まったようで、後日巡察に出た際に遠巻きに噂する人々の声が異常に多かった。大勢の浪士を一人で伸したとか、敵の刀をまとめて叩き折ったとか、素手で刃を弾き返したとか、尾ひれ付きまくりだけど。なんか巨大化したらしい、という話を聞いた時は噂の出どころを問い詰めたくなったが。バカか。

「なんかあたし、どんどん悪名高くなってってる気がする…」

元の世界にいた時ほど派手に動いてるつもりはないんだけど。遠くから送られてくる視線を一身に受けながらうんざりと言えば、一歩半ほど前を歩く総司が楽しそうに笑った。

「噂には尾ひれがつきものだって言うけど、君のはどんどん人間離れしていくよね」

「……ね」

巨大化したりとかな。ほんと、いっぺんくらい滅ぼしてやろうか、この町。

「そんな人間離れしてる奴に見えるってことかなぁ……あたしってばこんな美少女なのに。なんかショックかも…」

「ちゃんと女の子の格好してこの辺歩けば、見られ方も変わるんじゃない?ほら、この間の可愛い芸者さんの格好とか」

「……なんでこの世界って金属バット無いんだろ」

「何それ?」

「殴った相手の記憶を消せる魔法の道具」

可愛い芸者の格好をした、のは千鶴だけで十分だ。あたしもした、という事実を消し去ってやりたいと心底思っているのだが、残念ながら金属バットは手に入りそうにない。
その後数週間に渡って、不本意にもあたしはこのネタで総司にからかわれることになるのだった。






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