「あたしってば、予想以上に有名人?」

千鶴を廊下に残して大広間に足を踏み入れ、慌てる彼女に構わず襖を閉める。これで千鶴は、個室に控えているイチくんたちを呼びに行ってくれるだろう。……ま、援軍が欲しいわけではないけどね。
室内の浪士たちは泥酔している者以外はみな立ち上がり、刀を構えてあたしを取り囲む。あたしはニヤリと口端を上げながら、愛刀ーー氷纏(ヒテン)を抜いた。

「おまけに人気者ってか。まいったね」

敵の数はざっと二十。屋内という状況を見て少しは時間がかかるかもしれないが、不利を感じる人数ではない。

「これで怪我したらいい笑い者だね。……ああ、総司に怒られるのは勘弁だわ」

刀を振り上げた男の腹部に蹴りを入れ、男の体がくの字に折れ曲がったところを狙って首筋に手刀を落とす。左右同時に斬りかかってきた者たちの攻撃は身を低くすることで避け、右側の者に足払いをかけてから立ち上がり、左側の男の刀を受け止めながら流した。
屋外ならまだしも、こんな豪華な大広間を血で汚すことはしたくない。隙あらば峰打ちで浪士たちを倒していき、立っている者は残り僅かとなった時。

「ちぃっ…!」

「あっ!こら逃げんな!」

部屋の中心付近にいたせいで、廊下側にいた浪士が部屋を出ていくのを止められなかった。しかし彼が襖を開けて廊下に足を踏み出した瞬間、微かに耳に届く金属音。倒れた浪士の向こうに立つイチくんは、既に刀を納めた後だった。

「……お見事」

高速で抜かれた刀による峰打ちを受けて、倒れた男は完全に気を失っていた。さすがイチくん。懲りずに斬りかかってきた浪士を蹴飛ばしながら彼に目を向ければ、イチくんは呆れた風な視線を返してきた。

「何故このような斬り合いが行われることになったのか、説明が欲しいところだが」

「こいつらあたしのこと知ってたっぽい。ゴメン」

「…………」

そんな咎めるような目向けられても困る。

「あなたと沖田さんは、ご自分の知名度を知らなすぎるんです!」

「まーまー山崎君、そんなん言ってても何も始まらないし終わらないって。ひとまずコイツら片付けようよ」

「全く…やはりお前を角屋に詰めさせるべきではなかったな」

「やだな。あたしがいなかったらイチくん、可愛い千鶴に手ぇ出すでしょ」

「なっ…!?」

「麻倉さん、口よりも手なり足なり動かしていただけませんか!?」

「はいはーい」

既にあたしがほとんど倒していたので、イチくんと山崎君という援軍を得た今、浪士たちを全員戦闘不能にするのはわけなかった。
彼らを屯所に連行するため、山崎君が土方さんに報告するべく屯所へと戻る。その間、浪士たちの捕縛を終えて暇を持て余していたあたしは千鶴と一緒にいた。

「……あの、クラちゃん」

「何?」

「着替えてもいい?」

「ダメ」

「……」

千鶴に与えられていた角屋の一室にて。ここに来てからずっと、あたしは恥ずかしそうに俯く千鶴を真正面から見つめていた。うん、可愛い。

「あの…恥ずかしいんだけど……」

「これで見納めなんて残念だなぁ。屯所じゃ女の子の格好なんて出来ないし、しょうがないんだけどさ」

新選組内に女がいたら云々ってより、屯所である西本願寺が本来は女人禁制だから、土方さんを説得しようが平隊士に説明しようが千鶴もあたしも女の格好は出来そうにない。そもそも今の千鶴みたいな芸者の格好なんて、普通の女の子はそうそう出来ないだろう。隊務の間だけと決められていたとはいえ、今日で見納めなんて本当に勿体無い。

ふと、部屋の前の廊下に人の気配を感じてあたしは立ち上がった。千ちゃんと君菊さんが千鶴の着替えを手伝いに来たのだろう。

「……なんでアンタがここにいるの」

しかし、彼女らを迎えるつもりで襖を開けたあたしの前に立っていたのは、予想外の人物だった。






back





人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -