「ぐわっ!」
「うぁあっ!!」
鈍い音が響くたび、呻き声や悲鳴が聞こえて私は顔を青くする。彼女の『コレ』は見慣れたつもりだったんだけど、声が二十を超えた頃から明らかにいつもと違うという確信を抱いてしまった。
「……麻倉先生、今日はいつも以上に容赦が無いな…」
「だな…以前のですら手を抜いていたという事だろうか…」
普段なら、クラちゃんが容赦の欠片もなく隊士たちを叩きのめすのは、彼らの予想を裏切って上機嫌な時のことが多いんだけど、今日は正真正銘ご機嫌ナナメみたいです。
「うわぁ…何この惨状。クライサ、よっぽど機嫌悪いんだな…」
クラちゃんによる撃剣の稽古を見学していた私の隣にやってきた平助君が、死屍累々の道場を見て同じように青ざめた。その向こうで帯刀さんが溜め息をつく。平助君たちから見ても凄い光景みたい。
「これ…稽古ってより、アイツがただ暴れてるだけじゃん。指導も何もしてねぇし…新八っつぁんより酷いぜ」
「そうだね。これでは新人が逃げてしまいますよ」
「あ、また一人吹っ飛ばされた……なぁ千鶴、あれで何人目?」
「ええと…多分、七十人目、かな?」
「「…………」」
驚きと呆れとが混ざったような顔で二人は固まった。その間にまた一人、クラちゃんに蹴飛ばされて倒れると、途端に道場が静まり返る。まだ倒れていない隊士はいるけど、クラちゃんに向かっていく勇気が無いようだ(その気持ち、よくわかります…)。
「っしゃあ!オレが相手だ!」
「平助君!?」
それを好機と見てか、楽しそうな笑顔で平助君が木刀を手に前へ出た。そして目を丸くしたクラちゃんと向かい合うように立ち、木刀を構えると、クラちゃんの顔に初めて笑みが浮かぶ。ニヤリ、と。背筋が凍るような笑みが。
「…………………………」
沖田さん。ご自分がクラちゃんを怒らせたっておっしゃるなら、一刻も早く謝ってあげてください。私たちのためにも。
「うおわっ!ちょっと待っ、クラ、え、おい、だからっ……のぁぁぁああ!!!」
「……帯刀さん。私、後でクラちゃんに稽古つけてもらおうと思ってたんです」
「うん」
「……でも、やめておきます」
「そうだね…そうしておいた方がいいと思いますよ」
命が惜しければ。
冗談でも何でもなく告げられた言葉に頷いた私と帯刀さんは、必死にクラちゃんと剣を合わせる平助君を、遠くからそっと見守り続けるのだった。