初めの印象は多分、特に良くはなかったと思う。かといって悪かったわけでもないけど。

「すまないね、雪村君。こんな雑用をさせてしまって」

「いいえ、気にしないでください。手伝わせてほしいって頼んだのは私のほうなんですから」

廊下の雑巾がけをしている千鶴を、あたしは中庭の隅にしゃがみこんで眺めていた。彼女と一緒にいるのは井上源三郎という男性で、この新選組の六番組組長をしているらしい。温厚で人当たりが良く、居候のあたしや千鶴にも柔らかく接してくれる優しいおじさんだ。

(……あの子、いつも何かしら仕事してるな。何もしないでいると落ち着かない、とかそんなとこ?)

雪村千鶴。彼女がどうして新選組の屯所なんかにいるのか、詳しくは知らないけど、どうも笑って話せる事情ではないらしいことくらいは感じとった。千鶴は好きでここにいるといった感じではないし、新選組側としても仕方なく彼女を保護しているように見える。
……正直、居候させてもらっているというよりは、幽閉・軟禁されているといったほうが、しっくりくるんじゃないかと思う。

(そういう対応をするってことは、千鶴に外に出られちゃ困るってこと。あの子自身、何か危険な能力でも持っているのか……知ってはいけない何かを知ってしまったか、のどっちかだろうね)

時折見る、居心地の悪そうな彼女の表情からすると、後者の可能性が高そうだが。

(……ま、いいや)

新選組が何を隠していようと関係ない。組織なんて、どこの世界でも同じようなものだろう。探られて痛くない腹なんてないのだ。
そんなことよりも、と千鶴の観察に戻る。

(……どんくさいってわけじゃないけど……)

料理は上手いみたいだし、洗濯や掃除もいつも手伝っているという話だから、家事の類は出来るほうなのだろう。聞いた話じゃ、父親と二人暮らしだったらしいし。
ただ、人と話しているところを見ればよくわかるが、立ち回りはどうも上手くはなさそうだ。とても正直。とても素直。悪いことではないんだけど…

(なんか、簡単に騙されそう……)

総司(一番組組長の沖田総司のことだ。結構あたしと気が合うみたいで、割と早めに仲良くなった)にもよくからかわれてるみたいだし。世間知らずってやつなのかもしれない。いや、本当の意味で『世間』を知らないあたしが言うことでもないが。ここに来てからの数日間で見た限りでは、素直な良い子、が彼女の印象だった。他に付け足すとすれば、健気だとか、人のいい子だとか、そんなところ。
別にそんな彼女が気に食わないとか思ったわけではないけど、少なくともあたしとは相容れないのだろうと思った。仲良く出来ても、表面的なものだけだろうと。大して関わらないうちに元の世界に帰ろう、とさえ思っていた。

……の、だが。

「まだ手当て終わってないんだから動かないで!」

「平気だって。大した傷じゃないんだから、ほっといても治るよ」

「ダメ!そういう風に甘く見てると、傷口から黴菌が入って、大きな病気にかかったりしちゃうんだよ!?」

「だったらあたしより先に向こうの人たちを看てあげたら?」

「クラちゃんの手当てが済んだらすぐ行きます。だから大人しくしててね?」

「はいはい……」

彼女に対して抱いていた印象が変わったのは、あの池田屋事件の時だった。
ちょうど人手が足りない時期だったので、千鶴は伝令役を務め、あたしは彼女の護衛として参加した。怪我人の救護のために建物の中に入り、浪士を相手取った時にあたしは腕に少々傷を負って、場が落ち着いた頃に池田屋の外で千鶴に傷の手当てをしてもらうことになったのだが……あの迫力は凄かった。
千鶴は人の痛みに敏感なのだ。医者の娘だということも関係あるのだろうが、怪我をしている人を見ると放っておけない。それだけなら優しい子、で片付けられるのだが、厄介なことに、彼女は変なところで頑固なのだ。いつもは大人しく脇に控えているような子なのに。あたしに対しても、人馴れしていない犬の頭を撫でようとするような、少し恐る恐るといった触れ方をするくせに、その時は一切譲ろうとしなかった。

「……千鶴ってさぁ…」

「何?」

「変な子って言われない?」

「……この間、沖田さんに言われたけど」

『その他大勢』の一人でしかなかった彼女に興味を持ったのは、多分それがきっかけだったのだろう。





(『大切な人』に変わったのは、それから数年後のこと)






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