「次ぃ!」

盛大な音を立てて隊士の一人が倒れると、それに重ねるようにクラちゃんが声を張る。応じて駆け出した別の隊士の木刀を軽く受け止め、弾き返しながらその胸部を蹴飛ばせば彼もまたダダンと背中から床に倒れた。
今のでちょうど三十人。木刀を構えてたった一人を囲む、残った二十人の隊士たちを、その中心に立つクラちゃんは鋭い目で見回す。

「一人でかかってくんなっつってんでしょ!複数人でまとめてこい!次!」

「はい!」

たった一人で五十人の隊士の相手をする、通称五十人斬り。平隊士の経験にもなるし、本人の憂さ晴らしにもなるからか、クラちゃんは事あるごとにこの稽古方法をとる。その中でも一人一人の剣を見て的確な助言を与えている様は、まさに先生のようだ。

「……麻倉先生、今日はいやに機嫌が悪いな」

「ああ……いつにも増して容赦がないもんな…」

気合いの入った隊士たちの剣を全く無駄のない動きでかわし、受け止め、欠片も容赦をせず叩きのめしていくクラちゃんを見た、隊士たちの呟きが聞こえる。……どうやら、彼らにはそう見えているらしい。

「もっと気合い入れてかかってきな!実戦じゃ悉く無駄死にだよアンタら!」

私にはむしろ、とてもご機嫌に見えるのだけど。

最後の一人が倒れれば、クラちゃんはそこで漸く一息つく。相手をしてもらった隊士が声を揃えて礼をしても、彼女の纏う空気は変わらなかった。いつもなら、すぐに張り詰めた緊張感を消して、私に笑顔を向けてくれるのに。私が用意していた手拭いを渡す機会を窺っていると、普段と違う様子に隊士たちもどよめき始める。
その時だった。ゆったりとした足取りで、木刀を手にした沖田さんが姿を見せたのは。

「逃げずに来たね」

「逃げるわけないのに。僕は約束を破ったりしないよ?」

「よく言うよ」

沖田さんの登場にクラちゃんは楽しそうな笑みを浮かべたけど、隊士たちのどよめきは大きくなる。けれどそれもどこか楽しそうな、嬉しそうな色を含んでいた。
クラちゃんがご機嫌だった理由がわかった。沖田さんは最近体調不良で療養を命じられていたから、当然道場に立つことも許されてはいなかった。その間は暇を持て余すこととなったクラちゃんだけど、昨日漸く隊務に復帰できた沖田さんと、今日手合わせをする約束をしたのだろう。
この二人の打ち合いは平隊士たちにも評判が良くて、沖田さんがクラちゃんと少し距離を空けて足を止めれば、隊士たちは誰ともなく場所をあけるように退いていく。観戦する体勢になった彼らは、自然と口を閉ざして二人のやり取りを見守っていた。

「なんだかんだで負け越しだもんね。今日こそは勝つよ」

「五十人斬りの後なんでしょ。くたくたになってるんじゃない?」

「肩慣らししてただけだって」

「うわぁ、肩慣らしで五十人も叩きのめしちゃう子に、病み上がりの僕が勝てるかなぁ?」

そう言いながら木刀を構える沖田さんの目が全く笑ってない。同時に木刀を両手で握ったクラちゃんの目もとてつもなく冷たくて、冷や汗が止まらなくなったのは私だけじゃないと思う。

二人の剣技はとても鮮やかで、まるで舞を見ているかのようだった。だけどほとんどの動きが私の目では捉えられない。二人ともが速さに長けた剣士であるから、隊士たちも動きを目で追うのがやっとのようだ。
その間、クラちゃんも沖田さんも心底楽しそうに笑っている。ぞっとするような表情で。土方さんが、二人の手合わせに真剣の使用を許可しない理由を、初めて見た時に知った。彼らの手合わせには、本当の意味で容赦というものがないのだ。

「……っ!」

首を狙って横薙ぎにされた木刀を、クラちゃんはとっさに仰け反ることで辛うじて避ける。このようなギリギリの攻防が繰り返されるので、もし真剣を使って万が一のことがあっては洒落にならない、というのが土方さんの嫌がる理由なのだろう。……木刀でも、防具をつけていなければ十分危険なんだけど。

そして二人のヒヤヒヤハラハラとさせる戦いは、たくさんの隊士たちに見守られながら暫く続き、沖田さんの勝利という結果で終わった。惜敗を喫したクラちゃんは、悔しそうではあったけど、満足そうに笑っていた。






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