浅葱色の羽織に腕を通し、刀を腰にくくりつける帯を固く結び直す。千鶴の笑顔に見送られて外へ出れば、先に準備を終えていた八番組の面々に迎えられた。
「おはようございます、麻倉先生!」
「…………おはよ」
隊士たちの元気いっぱいな挨拶に引き攣った笑みを返すあたしを、先頭にいた平助が苦笑を浮かべて見守っていた。
前にも述べたように、あたしの存在は平隊士にも知られているし、性別のことも大半が気付いているだろう。まぁ事情については教える気もないし、彼らも触れようとはしなかったから特に親しくもしていない(面倒なことになっても困るし)。
だけど幹部相手に剣の稽古に勤しんでみたり、巡察に同行して浪士を蹴散らしたりしているうちに、いつの間にか彼らに尊敬の眼差しで見られるようになっていた。初めて『先生』呼ばわりされた時にはビビったもんだ。多分彼ら的には顧問官か何かだと思っているんだろう。おいおい。
「先生、今日は道場には来ていただけるんですか!?」
「俺、先生の五十人斬りを見て感動したんです!是非次は俺も参加させてください!」
「私は剣の指導を……」
「先生は一体どこの流派の……」
「だーもうやかましい!さっさと巡察行くよ!」
一斉に群がってくる隊士たちから逃れて平助の横に並べば、彼はニヤニヤと腹の立つ笑みを浮かべてあたしに視線をよこした。
「人気者だなー麻倉先生?」
「笑ってないで止めてくれない、藤堂組長?」
「いいじゃん、嫌われるよりはずっとさ」
「まぁそりゃそうだけどさ……」
とにかくさっさと出掛けねば収拾がつかないことになるし、騒ぎを聞きつけた土方さんに怒鳴られるのもごめんだ。やけにテンションの高い隊士たちを連れて、あたしは平助と共に市中に出た。
以前とは違って羽織を着ているため、あたしも完全に新選組の隊士として見られているだろう。けれどそれでいい。っていうかこの連中と一緒に歩いてるってだけで新選組の関係者であることは一目瞭然なのだし、だったら隊士と同じ格好をしてしまったほうが逆に目立たないだろうってのが土方さんの言い分だ。それにはあたしも同感。
「しっかし、土方さんってば完全にあたしのこと隊士扱いしてんだもんなー」
巡察の当番にあたしを組み込む意味がわからない。以前は好きな時に同行する、という形だった筈なのに、いつの間にやらスケジュールを組まれるようになってしまっていたのだ。
あたしの呟きに平助は苦笑する。でもその表情はどこか嬉しそうに見えた。
「まー実のところお前を屯所に置いてる意味って何もないもんな。隊士になっちゃえば、その辺の問題もなくなるんじゃねぇの?」
「……確かにそうなんだけどさぁ」
「それにオレ、今の状態のほうが、お前のこと仲間だって思えて嬉しいし!」
「…………」
なんでコイツは、素面でこういうことが言えるんだろうか。
深々と溜め息を吐けば平助は不思議そうに首を傾げる。溜め息の理由を明かす気もなく通りに目を向けた時、ふと視線を感じた。
「あ」
視線の主はすぐに見つかった。通りの向こうから歩いてくる振り袖姿の女の子で、こちらを見つめている彼女に気付いた平助が声を上げる。どうやら知り合いのようだ。
こちらが仕事中なのを考慮してか、特に近付いてくることもなく彼女は平助に一礼だけして、平助も手を挙げるだけで挨拶した。そして彼女は何故かあたしをじっと見つめてから、不意ににっこりと笑う。
「……誰、あれ」
彼女が去ってから平助に問う。違和感の塊が胸の内に漂っていて、なんだか気持ち悪かった。
「南雲薫っていったかな。少し前の巡察の時、浪士に絡まれてたんだよ」
千鶴と一緒に巡察に出ていて、別の道を回っていた総司と合流した直後のことだったらしい。浪士連中にナンパっぽく絡まれていた彼女を、総司と共に助けてやったのだそうだ。
「そういや、あの子と千鶴がそっくりだって総司が言ってたっけ」
「……ああ、なるほど」
違和感の原因がわかった。そうか、彼女の顔が千鶴そっくりだったから、何か変な感じがしたんだ。
「え、お前も総司と同意見なのか?」
「うん。……っていうかそれ、平助は似てないと思ってるってこと?」
「だって全然似てないじゃん。向こうはお嬢さん姿だしさぁ」
「……アンタ、服装でしか判別出来ないの?」
確かに纏う雰囲気はだいぶ違うけど、顔だけはそっくりだと思う。
「……顔だけは、ね」
よくわからないけど、何か嫌な予感がした。