「結論から言おう。……お前さんの病は労咳だ」

松本先生の言葉は、予想していた通りのものだった。まさか、なんて思いもしない。ただ少しだけ、期待が外れて残念だった。

「なんだ、やっぱりあの有名な死病ですか」

「ああ……驚かないのか?」

「そりゃあ、自分の身体ですから」

どちらかと言えば、僕の反応を見た先生のほうが驚いたようだった。

「……でも、面と向かって言われると、さすがに困ったなぁ」

あはは、と笑い声を上げれば、笑い事ではないだろうと咎められる。これでも困っているのだが。
松本先生は、今すぐ新選組を離れて療養したほうがいい、と言った。空気のきれいな場所で、精の付くものを食べて過ごせば、少しでも長く生きられると。
だけど、僕は首を横に振った。新選組を離れることは出来ない。命が長くても短くても、僕に出来ることなんてほんの少ししかない。新選組の前に立ち塞がる敵を斬るーーそれだけなのだ。

「先が短いなら尚更じゃないですか。それなら、ここにいることが僕の全てなんです」

仕方なさそうにだけど、松本先生は僕の想いを尊重してくれた。この病は今以上に悪くなると周りの人に迷惑がかかるから、今後は彼の言いつけを守らなければならない。それでも、近藤さんたちには言わないと約束してくれた。

先生が去った後、隠れて話を聞いていたらしい千鶴ちゃんを呼ぶと、彼女はぎこちない動作で物陰から出てきて、僕に促されるままに縁台に腰を下ろす。その表情は絶望の底に突き落とされたようなもので、本来なら僕のほうこそするべき顔なのだと思った。

「もしかして松本先生の話、本気にした?根も葉もない話を本気にされると困るんだよね」

隣に座ったまま俯く彼女は何も言わない。僕はいつもと変わらない笑みを浮かべたまま、続ける。

「こんな冗談みたいな話、誰にも言わないよね?もし誰かに言うつもりなら……やっぱり斬らなくちゃならないかなぁ」

「沖田さんは、いつも、そればっかり……」

邪魔になるなら斬る、殺す、と千鶴ちゃんには散々言ってきた。しかしその度に彼女の目に浮かんでいた恐怖の色は、今は欠片も見当たらない。

「そうかもね」

静かに腰を上げると、千鶴ちゃんも続くように立ち上がる。彼女は複雑そうな顔をしたままではあったけど、それでも僕の目を真っ直ぐ見て、このことは誰にも言わないと約束してくれた。

「……ありがとう」

彼女を中庭に残して境内に戻ると、昨日の掃除ですっかり綺麗になったそこに横たわる人物を見つけた。暖かな日差しの中で眠る姿をよく見かける。クライサちゃん。
特に足音を消すこともなく歩み寄り、身を屈めて顔を覗き込んでみても、彼女が目を覚ます様子はない。すっかり熟睡しているらしい。

「クライサちゃん、こんなところで寝てると風邪引くよ」

あまりに気持ち良さそうな寝顔に起こすのが躊躇われたけど、そろそろ日が暮れる。このまま放っておいては体調を崩すだろうと思って声をかけてみるけど、やっぱり起きる様子はない。

「……こんな無防備に寝ちゃって…」

この子のことだから、殺気でも向けられればすぐに目覚めるのだろうけど。もしかしたら僕だから気を許してくれているのかも、なんて考えて、苦笑する。
また名前を呼びながら手を伸ばし、頬をつついてみると、閉じられた瞼が微かに動いた。起きるかな、と思って眺めても結局現状は変わらず、また寝息を立て始めた少女に溜め息が出る。

……あ、そういえば。
ふと思い出したことがあって、クライサちゃんの目元付近に触れてみた。昨日土方さんから聞いた話では、彼女は右目が見えていないらしい。全く気付かなかったことがなんだか悔しくなったけど、八つ当たり的に彼女に何かをしているところを誰かに目撃されるのも面倒なので、仕方なしに手を引っ込める。

「!」

と、その腕を掴む手があった。第三者のものではない。うっすらと目を開けた、クライサちゃんのものだ。

「おはよ。そろそろ日が暮れるよ?」

手首を掴んだまま、暫くぼんやりしていた彼女は僕の声に返さず、数度まばたきを繰り返す。そして僕の姿を確認すると、どうしてか、ふにゃりと笑った。

「……やっと、おいついた」

舌足らずに紡がれた言葉に、目を瞬く。とても嬉しそうに、心底安堵したように笑う彼女はいつもとは明らかに違う様子だった。寝ぼけているのか。
暫くすると、漸く眠りから醒めたらしいクライサちゃんは体を起こす。

「アンタの夢見てた」

「僕の?」

「そ。アンタの背中を追っかけてる夢」

夢の中で彼女は、ただひたすら僕の背中を追っていたのだそうだ。何度も手が届きそうになるのに、触れようとしたその瞬間に、僕は泡のようにパシャンと消えてしまう。

「いくら追っかけても捕まらないから、心底イライラしてたんだ」

なるほど、だから起き抜けにあの発言か。そう話すクライサちゃんの手はずっと僕の腕を掴んでいて、僕はどうしたものかと首を捻る。

「だからさ、今、目的達成出来て嬉しいんだ。もう少しだけこのままでいさせてよ」

「……そういう時って普通、手を繋いでてほしいとかって言わない?」

『捕獲』されている自分の現状が間抜けに思えて、意識せず苦笑が零れる。だけど不思議と、拒む気にはなれなかった。






back






×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -