あたしと千鶴は一足先に屯所へ戻ることになり、その護衛にはハルと山崎君が付けられた。
屯所に着いてからは、山崎君は二条城へ引き返していき、ハルは皆が戻ってくるまでは護衛も兼ねて千鶴のそばにいると言っていた。先程平助の姿が見えたから、彼も今は千鶴と一緒にいるんだと思う。
……で、あたしはと言うと。
「…………」
「…………」
総司の無言の笑みに完全に圧されていた。
千鶴たちと別れる前、広間に入った時に、刀の手入れをしている総司にばったり会ってしまったのだ。そして不思議そうにしていた彼にハルが状況を簡潔に説明し、千鶴があたしの無茶っぷりを事細かに語ってくれたおかげで、あたしは総司の部屋に連行されることになってしまった。
「…………」
「…………」
それから暫く。何も言わない総司はいつもと同じような笑みを浮かべたまま、じぃっとあたしを見つめている。あたしはそんな彼と目を合わせるのが怖くて、全く違う方向を見ていた。……ここまで笑顔に圧力がある人、ちょっと久々な気がする……
「クライサちゃん」
先に沈黙を破ったのは彼のほうだった。名を呼ばれたので恐る恐るそちらを見れば、ニコニコ笑顔で手招きをする総司の姿。怖いって。
しかし当然抗うことなど出来ず、のろのろと立ち上がって歩いていく。求められてもいないのに正座をしていたあたしと違い、足を崩して座っている総司の前で立ち止まれば、笑顔でこちらを見上げる彼が突然腕を掴んだ。
「!?ちょっ…!」
強く引かれてバランスを崩し、倒れたあたしを受け止めたのは総司の腕。間近からあたしの顔を覗き込む彼に文句を言う間もなく、伸びてきた手が傷口を労るように頬を撫でる。
「他は?」
「へ?」
「まだあるんでしょ、怪我」
…………。黙秘権の行使は許されないらしい。全く逸らされることのない視線に負けて大人しく口を開いた。
「……右腕、ちょっと痛めただけ。怪我ってほどじゃない」
「あいつと打ち合ったって言ってたもんね。筋力に差があるんだから痛めて当然だよ。……動かせるの?」
「ん……上げようとすると少し痛むけど、大したことないよ」
「……って君が言うってことは、かなり痛いんだね」
……信用ないなぁ。
山南さんの件があってから、総司はあたしの怪我に対して敏感になった。土方さんほど過保護にはしないけど、それでもすごく気を遣われるのがなんだかくすぐったい。手当てをしてやるとの申し出をやんわり断ると、総司はとても不服そうな顔をした。
「こんなん冷やしときゃいいんだって。そのくらい自分で出来るよ」
「自分で出来るって言って、実際やった試しがないじゃない」
「……今回はやる」
「本当かなぁ?」
「本当だって!ていうか近い!」
左腕を掴まれているので痛む右腕で突き飛ばすわけにもいかず、自発的に逃げ出せないことに悔しくなりつつそう言えば、総司は今気付いたとばかりに目を丸くする。
だが直後、笑みに細められた目と弧を描く口。しまった、と思った時には遅かった。
元々近かった顔が頬に寄せられ、猫のような仕草で傷口を舐められる。
「〜〜〜っ!!」
掴まれた腕を振り払い、ずざざっと後退ったあたしの背中に襖が当たる。総司の笑みは悪戯が成功した時のそれと同じで、とりあえず文句を言わねばと口を開くがーー
「クライサちゃん、顔真っ赤」
「!」
ったりまえだ馬鹿野郎!!
……と怒鳴りたかったけど声が出ず、パクパクと口を開閉することしか出来ないあたしはさぞ間抜けだったろう。
「君のそういう反応ってちょっと新鮮だな。女の子らしいところもあるんだね」
「……っこんのエロ男爵!ドS!セクハラ男!!」
「よくわからないけど悪口だよね、それ」
けらけらと楽しそうに笑われてしまえば、もうそれ以上何を言う気にもなれなかった。