退屈な警護を抜け出して、妙な気配がしたからと来てみれば、妙な連中が千鶴に迫っていた。明らかに楽しい雰囲気ではないし、千鶴が怯えていたから刀を抜いたけど……なかなか厳しい状況ではある。
「クラちゃん!」
「大丈夫。アンタはそこで自分の身だけ守ってな」
風間という男の振るう刀は、剣技こそ大したものではないが力と速さがある。多分これは男と女という以前の身体能力に差があるのだ。新選組の面々でも、これだけの力と速さを持つ者はいないかもしれない。悔しいが防戦一方にならざるを得ず、無意識のうちに舌打ちが漏れる。
振り下ろされた刃を受け止めた時の衝撃は凄まじいものだ。そのまま鍔迫り合いになっても、両手で柄を握っているあたしと違って向こうは右手一本なのに、全く歯が立ちそうにない。
「どうした?先程までの威勢が見るかげもないな」
安い挑発に乗るつもりはないけど、とりあえず錬金術使ってやりたいくらいには悔しかった(使わないけど)。今対峙しているのは風間一人だが、他の二人も攻撃に出てきたら防ぎ切れるか怪しい。
……。仕方ない、か。
上からの攻撃を横に身をずらして避けつつ、下を向いた刃を峰のほうから右手の刀で押さえつけてやる。そしてもう一方で、逆手に握った脇差で顔面目掛けて斬りかかれば、風間の顔が途端に歪んだ。
「!……む…」
不意討ち同然の攻撃はギリギリのところで避けられたが、彼の髪を一房捕らえて切り落とす。宙を舞った自らの髪を見て、風間は笑みを浮かべた。
「……ほう」
余裕綽々な様子が腹立たしい。間合いが開いたことで体勢を整える機会を得たあたしは、使い慣れた刀と逆手にしたままの脇差を握り直した。お守り、意外と役に立ったっぽい。
「いよいよ侍らしくない構えだが……武士気取りは終いか?新選組よ」
「別に気取ってない。っていうかあたし、新選組じゃないし」
この羽織着てちゃ説得力ないけどさ。
「変なガキだな、お前」
「とりあえずアンタには言われたくない」
どこぞの人造人間と似たニオイがする変な格好してる奴(=不知火)にすかさず返せば、間も置かず風間からの攻撃がやってくる。背後で千鶴が息を呑む気配がした。
「……ナメんのも大概にしときなよ」
左から襲う斬撃を、脇差で受け流しながら上方向へと逸らす。その間に身を屈め、右足をしっかりと踏み込めばそこはあたしの間合い。左下から右上へ、がら空きの胴を斬り上げるが、惜しくも刃は彼の着物を掠るだけにとどまった。
しかしそこで終わらないのがこのあたし。返された刃を刀で受け止め、脇差を峰のほうから打ち付ければ、一瞬でもこちらの勢いが勝り風間の刀が弾かれる。僅かに体勢を崩した彼の脇腹に、左回し蹴りをお見舞いした。
「……っ貴様…!」
一瞬歪んだ風間の顔が、怒りによって更に歪みを増す。
ざまあみろ、なんて思っている暇はなかった。気付けば正面から蹴りが迫っていて、咄嗟に胸の前で交差させた刀で受けるが、衝撃に耐えられず吹っ飛ばされてしまう。
「クラちゃん!!」
千鶴の悲鳴が聞こえた。しかし予想を裏切って、地面に叩きつけられることはない。あたしの背中を支えてくれた手があったのだ。
「ったく、無茶しやがる」
「……土方さん」
呆れが大半を占めた瞳が、それでも称賛の色を微かに浮かべて、あたしを見下ろしていた。