季節が巡るのは早いもので、あたしはこの世界で二度目の春を迎えることとなりました。
「…………眠い」
屯所を西本願寺に移して二月程が経った。境内に座り込んで春の陽気に触れていたあたしに、眠気が大胆に誘いをかけてくる。寝てしまいたい。だけど、幹部たちの部屋が固まっている区域だとはいえ、平隊士が通る可能性もなくはない。っていうか幹部に見つかった場合も、相手によっては面倒くさそうだ。……ああ、でも眠い。
「こんな場所で寝るな。通行の邪魔になりかねん」
淡々と紡がれる声に相手を予測して振り返れば、予想通りの人物が歩いてきたところだった。
「何してんの、イチくん」
「局長から預かった。お前と千鶴にだそうだ」
そう言って彼が差し出したのは二つの小包。淡色のグラデーションが見事な布地のそれは、正直イチくんには可愛らしすぎて似合わないと思った。
そんな本音は告げず、手のひらに収まるくらいの包みを両手にそれぞれ受け取る。重さと感触からして、お菓子の類いだろうか。多分コンペイトウとかその辺だ(以前にも近藤さんからもらったことがあるから。美味しかった)。
「ありがと。あとで近藤さんにお礼言っとくよ」
「そうしてくれ」
赤いほうは千鶴に渡すことにして、青いほうを貰おう。とりあえず封をしている紐は解かないまま、膝の上に二つとも置いて視線を空に向ける。
「なんだ、まだ寝るつもりでいるのか」
斜め後ろから、呆れの言葉をいただいた。
「いやぁ、ポカポカ陽気の日ってほんと瞼が重くなるよね」
「そんなに寝たければ部屋に戻ればいいだろう」
「こんないい天気なのに部屋にこもるなんて勿体ないじゃん」
「外にいても寝ていては同じ事だと思うが」
わかってないなぁ。部屋で布団にくるまれて昼寝するのと、外で日光を浴びながら昼寝するのでは全然違うんだって。
説明する端から欠伸をしているあたしに、イチくんは呆れ果てたように溜め息をついた。付き合い切れん、とでも言いたげだ。
「ならば好きにするといい。こんな場所で寝ているのが副長に見つかれば、まず蹴り起こされるとは思うがな」
「……ああ、それは確実かな」
前にやられたことあるし。爪先で脇腹を抉られた時にはホントにあの人鬼だと思った。その時のことを思い出すと、ついでに脇腹の痛みもよみがえったような気がして、眠気はすっかり飛んでいってしまった。
「しょうがない……目も冴えちゃったことだし、とりあえず部屋戻るかな。千鶴にコレ渡さなきゃだしね」
「では、俺も戻る」
「あ、イチくん」
既に歩き出していた背中に声をかければ、イチくんは振り返らないまでも足を止めてくれる。肩越しにこちらを窺う彼の目をしっかり見ながら、あたしは言った。
「ありがとね」
「……届け物か?」
「ううん。心配してくれたんでしょ。こんなところで寝たら風邪引くって」
そしてにっこり笑えば、微かに目を見開いたように見えたイチくんは、視線を逸らして歩いていってしまう。肯定はしてくれなかったけど否定もしなかったから、あたしにはそれで十分だった。