両手の怪我を理由に療養を命じられていたクラちゃんが外出を許されたのは、山南さんが『薬』を飲んでから二週間が経った日のこと。
今日は永倉さんの二番組が巡察の当番で、それに同行して私とクラちゃんは市街にやってきた。私は父様の行方の手がかりを得るために、クラちゃんは久しぶりに外の空気を吸いたくてと言っていた。

そして別の道で巡察をしていた原田さんと合流した直後、私とクラちゃんは隊を少し離れてしまったためか、数人の浪士に囲まれてしまった。

「おい小僧ども、貴様ら新選組の隊士か」

どうやら長州あたりの人らしい。隊士たちはこちらに気付きそうもなく、助けは期待出来ない。

「奴らと共にいるところをよく見るが…それにしてはあの羽織を着とらんな」

「大方見習いといったところだろう」

見習いであっても容赦はしない、とばかりに相手の男たちの手が刀に伸びる。私もとっさに腰に差した小太刀に手をかけようとしたが、隣に立っていたクラちゃんがそれを制した。私を背に庇うように前に出た彼女は、一度周囲を見回してから(多分巻き込む相手がいないかを確認したんだと思う)、正面の浪士に視線を向けた。

「新選組の隊士じゃないって言ったらどうする」

「隊士でなかろうと、奴らに関わっているのは同じ事!問答無用だ」

「へぇ、それで?」

挑発するような口振りの彼女に、浪士たちは次々に刀を抜く。永倉さんたちはまだ気付いてくれそうにない。だけど私の緊張を解くように、振り返ったクラちゃんが笑った。

「大丈夫だから動かないでね。あたしに任せて」

その隙をつくように浪士が振り下ろした刀を難なく避けて、その腹部に鋭い蹴りを食らわせる。倒れた彼に顔色を変え、他の浪士たちも続けて彼女に襲いかかっていった。しかし誰もクラちゃんに傷一つ負わせることは出来ず、一人、また一人と地面に沈んでいく。

「このガキ…っ!」

「は!ガキ一人に大人が揃いも揃って歯が立たないとはね」

挑発するようにクラちゃんは言うけれど、実際その言葉通りだった。多人数に囲まれて明らかに不利なのはクラちゃんのほうなのに、浪士たちは彼女の動きに翻弄されている。完全に包囲から逃れた私を気に留めていられない程に。
騒ぎに気付いてやって来た永倉さんと原田さんは私のそばまで歩いてきて、クラちゃんを見て感心したような声を漏らしていた。

「お、さすが麻倉だな。大したもんだぜ、刀無しであれだけやれんだから」

「対大人数の立ち回りは久々に見たな。平隊士相手の稽古は、怪我してからやってなかっただろ」

「……だからクラちゃん、あんなに楽しそうなんですね…」

怪我が完治するまでの間、クラちゃんは剣の稽古はもちろん、手を使うことはどんな些細な行動でも許されていなかった。私から見ても過保護に見える土方さんたちの命令に、彼女がいつも嫌そうな顔をしていたのを覚えている。
だからこそ、その制限から外れた今が心底楽しい時間に感じられるのだろう。終始笑みを浮かべていたクラちゃんが空中から地上に戻ると、最後の一人が音を立てて倒れた。

「なんだ、呆気ないの」

十人はいた浪士たち(それも全員刀を抜いていた)を残らず伸してしまってから、クラちゃんは不満そうに唇を尖らせる。……まだ暴れ足りないみたい。
永倉さんの指示で隊士が倒れた者たちの捕縛にかかり、クラちゃんはのんびりとした足取りでこちらに歩いてくる。その表情は未だ不満を露にしており、原田さんも苦笑していた。






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