療養生活を強いられて三日目。
クライサ・リミスク、ただいま脱走中です。
「麻倉ぁ!大人しく出てきやがれ!」
八木邸の屋根の上で悠々自適に昼寝をしていたあたしの耳に、すっかり聞き慣れた怒鳴り声が聞こえてくる。土方さんだ。声と一緒に、ドタドタ廊下を歩く音も聞こえる。
屋根に寝そべったまま、両手を太陽に透かすような仕草で持ち上げる。総司が毎晩巻き直してくれる包帯はきれいに消毒されているのだが、その範囲は一向に狭まってはくれなかった(ま、三日程度じゃしょうがないか)。
「麻倉ぁ!」
土方さんの怒鳴り声は絶えず聞こえていて、それに他の幹部連中の声まで混じってきたことに心底呆れた。まさか幹部総出で捜索にかかってんの?あたしの疑問に答えるように、眼下、中庭に姿を現す副長&各組長たち。馬鹿だろ。
あたしの手の怪我を心配してくれているというのは嬉しいが、なにぶん彼らは過保護すぎるのだ。別に両手とも複雑骨折してるとかじゃなく、単なる切り傷なのだからそれほど心配することじゃない。物を握ったりすると少し痛いが、何かをちょっと持つとかそのくらいの動作なら支障はない、とちゃんと説明したにも関わらず、ちょっと手を使っただけで過敏に反応してくる幹部たち。一切手を使わずに何日も生活しろなんて、あたしに耐えられるわけがなかろうに。自室でとらされる食事のたびに、総司から「はい、あーん」をされるあたしの気持ちも考えてみやがれ(箸はともかく、匙くらい持てるわ)。
「お、あれクライサじゃねぇか?」
ちっ、目ざといな。左之の言葉で土方さん率いる幹部たちはこちらを見上げ、あたしは彼らの前に姿を現さざるを得なくなってしまった。
「麻倉、いい加減観念しろって。怪我が治るまでの辛抱じゃねぇか」
「簡単に言うけどねぇ新八、大した怪我でもないのに大騒ぎすんのはそっちでしょ」
「だから大した怪我だってば。クライサちゃん、昨日の夜に無茶して傷開いたのもう忘れたの?」
「もう治った」
「そんなに早く治るか馬鹿野郎!いいから大人しく部屋に引きこもってやがれ」
「イヤです」
屋根の上から彼らを見下ろしながら即答すれば、土方さんの額に青筋が走るのが見えた。彼は周囲の幹部たちに目配せをし、命令を理解した男たちが刀を抜く。
「取り押さえろ!多少手荒になってもかまわねぇ!」
「や、そこはかまおうよ」
真剣を構えて何故か殺気を立ち上らせる新選組幹部たち。あれ、あたし殺される?
とりあえず夕暮れの頃までは逃げ回ろうと思って始めた鬼ごっこは、今までに経験したどの戦闘よりもスリリングでした。多少の暴力は覚悟していたとはいえ、まさか刃のほうで斬りかかってくるとは思わなかった。峰じゃないんかい。
「うわぁ、さすがクライサちゃん。僕たちからこれだけ逃げ回れるなんて、本当にすばしっこいね」
「猿みてぇだよな…」
「てめぇら何してやがる!斬り捨てるつもりでかかっていけ!」
「ねぇ、あたしなんで追われてんだっけ」