ぐるぐると、包帯の巻かれていく手のひらをただ見つめていた。包帯は両手の各指から手首までを覆っていて、白い布の間から肌の色は見えそうにない。怪我人みたいだ、と呟いた。
「怪我人なんです」
呆れたふうな声が返ってくる。あたしの前に座っていて、今も包帯を巻いてくれている人。総司の声だ。
「本当に無茶するよね。両手が使い物にならなくなる可能性だってあったのに」
「そーだね」
「女の子がこんな傷作っちゃダメでしょ。傷残ったらどうするの」
「このぐらい日常茶飯事だって」
「この怪我じゃ、食事の当番は暫く外れた方がいいね。クライサちゃんの料理結構好きだから、ちょっと残念だけど」
「別にやれないこともないけど」
「ごめんね、遅くなって」
「……」
手当てを終えた腕が離れていく。かと思えば、総司の手は包帯を道具箱に戻してから、あたしの頭に載せられた。
あの後、総司に続いて幹部の皆もやって来て、山南さんの状態は伊東以外の皆に知られた。山南さんは、総司の刀に肩を貫かれて気を失っていたけど、『薬』を飲んでいるからその程度の傷はすぐに治るのだそうだ。今は部屋で眠っている。
他の幹部はそれぞれ、隊士の動きを見張ったり伊東派の牽制をしているらしい。千鶴も今は誰かしら幹部のそばにいるのだろう。あの『薬』のことを聞いた筈だから、きっと沈んでいると思う。
そしてあたしは、怪我の手当てもあって総司の部屋へと連れて来られた。
「山南さんを殺さないでくれて、ありがとう」
「……いいよ、そういうこと言わなくて。別に傷付いたりしてないから」
手の重さを頭に感じながら、正直な気持ちを告げた。
あたしの世界や他のたくさんの世界で色んなものを見てきて耐性が出来ていたから、これしきのことで今更驚きもしないし、あれこれ言う気もない。はっきり言って、他の世界での出来事に比べればインパクトは弱いほうだ。
「ただ、馬鹿ばっかだって思った」
薬の研究を命じた幕府も、薬を飲んだ隊士も。
「全部知っててやめないアンタたちも、馬鹿だ」
「……うん。そうだね」
総司は笑っている。いつもと変わらない表情で、軽口を叩いている時と同じように笑っている。それでも目だけは、まるで子どもを見守るかのように穏やかにあたしを見ているのだ。……やっぱり、少しは動揺してるのかもしれないな、あたし。
「それよりいいの?あの薬、機密なんでしょ」
「うん。部外者に知られた以上、君を殺しちゃいたいのは確かだよね」
「あれ、じゃあ殺さないんだ」
薬の関係者を父に持つ千鶴はまだしも、完全な部外者であるあたしを生かしておくなんて、随分寛大ですこと。
「完全に部外者だから生かしておくってのもあるけどね」
「?」
「仮に君がここを脱走したとして、薬のことを洩らすような相手はいる?」
「……ああ、なるほど。そういうことか」
確かに、この世界にとって完全なイレギュラーであるあたしは、当然頼るべき相手など持たない。新選組から逃げ出したとしても行くあてなどないのだ(ま、かといって出来ないわけでもないけど。ただし物凄く面倒くさい)。
そして総司はもう一つの理由も説明してくれた。新選組は、仕事柄人手を必要としている。重宝するのはもちろん腕の良い人材。つまり、有事にあたしを利用するために、今の段階では生かしておくことにしたのだろう。複雑な心境だが、実力を認めてもらえているのは素直に嬉しい。
「そのかわり、君が新選組の邪魔になると判断したら……」
「うん。総司が殺して」
珍しく真剣な顔で言うから、あたしも真顔でそう告げた。だけど総司が目を瞬くのに満足して、すぐに笑みを浮かべる。
「あたしも全力で抵抗するから、全力で殺しにきてね」
絶対に来ないと言い切れない『いつか』の日に、殺し合いをしようと約束する。
総司は微笑んで、花札で遊ぼうと声をかけた時と同じくらい躊躇いなく、頷いた。