彼女の目的は元の世界に帰ることだけのようだ。だけどその方法を探すことは求めなかった。どうやらそれを探したところでどうにもならないとわかっているようで、彼女は住む場所だけを欲した。
「クライサねぇ……何か他に呼びやすい名前無ぇのか?」
「えー?呼びやすいのって言われても……適当に略してくれりゃいいよ。クラとか」
「そうじゃねぇよ」
土方さんの言いたいことはつまり、この国の人間らしい呼び名が必要だということだ。例えば私なら『雪村』といったふうに、姓があったほうが事情を知らない隊士たちの前でも呼びやすいからだろう。
「うーん……あ。そういえば、あたしの世界に来てた日本人がいたんだけど、あいつの苗字『浅沼』だったかな……いや、でもそのまま使うのもなんかムカつくし……」
「……あー面倒くせぇ!てめぇの呼び名は『麻倉』だ。いいな!」
「なるほど、浅沼とクライサで『あさくら』かぁ。なかなかいいんじゃないですか?」
幹部さんたちは納得した様子で土方さんと彼女を交互に見る。とりあえず他の人の目がある時だけは彼女を本名で呼ぶな、と言われた。普段は呼んでもいいみたいだけど、正直異人さんの名前って呼び慣れないなぁ……
「千鶴、でいいのかな」
「えっと、クライサさん?」
「そんなに他人行儀にならなくていいよ。出来ればこれから仲良くしてもらいたいし、女の子同士なんだから呼び捨てでいいって」
「……それじゃクラちゃんで」
「うん、それでいい」
クラちゃんは私と同じ部屋を使うことになり(居候の身なのに、事情があるとはいえ一人部屋を使わせてもらっていることが申し訳なかったので、正直少し気が楽になった)、女同士仲良くしろと土方さんに言われたので、早速部屋に戻されお互いに自己紹介をすることにした。
「大変だねぇ、こんな男所帯に女の子が一人だなんて。しかもろくに外にも出られないんでしょ?」
「うん……不安なことはいっぱいあるけど、皆よくしてくれるから」
クラちゃんは、立場で言えば私と同じような状態になる。基本的には部屋から出られないけど、雑用を手伝う範囲ならそれも許される。屯所の外に出る時はどこかの組の巡察に同行する時くらいで、各組長さんの監視を受けることになる。
それを彼女は文句もなく了承した。どうやらクラちゃんが必要としているのは時間だけみたいだから、落ち着ける場所があるだけで十分らしい。
「でも……元の世界に帰る方法って、どうやって調べるの?」
「うんにゃ、別に調べるつもりはないよ」
屯所にいる以上は女であることも隠さなきゃならないし、用意してもらった着物と袴を彼女に着付けてあげると、短く切られた髪も相まってか、男の子にも見えるようになった。紺色の着物に身を包んだ彼女は物珍しそうに自らの装いを見下ろして、へぇと感嘆に似た声を溢す。
「経験則でね、こういうのは運とタイミングが物を言うってわかってんだ」
「運とたいみんぐ……」
「そ。あたしに出来ることは無いに等しい」
そう言った彼女は堂々としていた。自分に出来ることはないなんて、普通なら不安材料にしかならない筈なのに。沖田さんに刀を向けられた時といい、クラちゃんはとにかく胆が据わっている。それとも、自信の表れなのかな。
「ま、術が使えるならやりようはあるんだけどね」
「え?」
「うんにゃー何でもない」