京と呼ばれるこの町の夏は、暑い。そりゃ夏が寒くちゃ困るだろうし、砂漠なんかよりはずっとマシなんだけど、それでも暑さが苦手な氷の錬金術師。しんどいものはしんどいのだ。
バテ気味なあたしは、今日は何もしたくないからと自室で転がっていた。池田屋討ち入りの頃から思っていたが、本当に暑い。じめじめムシムシと、あたしが嫌いなタイプの暑さだ。あー。誰か殴りたいなー(八つ当たり)。
「……ん?」
ふと、部屋の外が騒がしいことに気付いて顔を上げる。換気のために少し開けた障子戸の向こうを、幹部数人が駆け抜けた。
「…………」
なんだ今の。
ただならぬ状況(主にアホな意味で)を読み取ったあたしは、膝立ちで障子戸のそばに歩み寄り、隙間を広げた戸から廊下に顔を出してみる。彼らが走っていった方向に目を向ければ、予想通り見慣れた背中が遠ざかっていくのが見えた。あれは総司とイチくん……それから監察方の山崎烝、だったかな。
そんな三人が元気に廊下を走っている理由に見当がつかなくて暫くその背中を見送っていると、彼らが走っていったのとは反対の方向からまた幹部がやってきた。左之、新八、平助。あ、千鶴もいる。
「おう、麻倉。総司と斎藤見なかったか?」
「今廊下を全力疾走してたけど。何かあったの?」
「そうなんだよ!なぁ、クライサも手伝ってくんねぇか?」
「……かなり関わりたくない気がするけど、とりあえず事情だけ聞くよ」
そして作戦会議という名目で、あたしたちの部屋に入ってきた男たち。総司とイチくんも戻ってきてそれに加わったため、部屋には総勢五人の幹部がいる。あたしと千鶴も合わせると、決して広くない部屋が余計に狭く感じられた。
「…………なるほどね。昼食の準備中だった勝手場に入り込んで鍋やら何やらひっくり返した猫を、五人もの大の男が揃いも揃って追いかけ回していたと。出てけ」
「えー?クライサちゃんも手伝ってくれるんじゃなかったの?」
「くだらなすぎて頭痛がしてくるわ。猫なんかほっときゃいいでしょうよ」
『泣く子も黙る新選組』の幹部連中が揃いも揃って猫と鬼ごっことは。千鶴まで巻き込んで何をしているのやら。
「猫捕まえたところで説教するわけにもいかないんだし、追っかける暇あるんだったら昼食作り直しなよ」
「そうは言ってもなぁ……」
「千鶴。アンタなら少ない材料でも何とか作る物考えられるよね。任せた」
「は、はいっ!」
本日の昼食当番である左之と新八に、千鶴をつけて送り出す。それほど時間はないけれど、彼女がいればまぁ何とかなるだろう。
そしてあたしが次に目を向けたのは総司とイチくん。
「捕まえても追い出すくらいしか出来ないんだから、猫追うのなんかやめたら?」
この二人から逃げ切るくらいすばしっこい猫なのだ。まともに追いかけっこしてはどれだけ時間がかかるかわからない。
大体、猫一匹に出来ることなんかたかが知れてるんだから、例えば勝手場など、猫に来られては困る場所に張るぐらいしていればいいんじゃないか。放っておいては二次被害がどうこう言うが、アンタたちが追っかけるほうが被害が出るわ。
「……なるほど。見方を変えれば的確な意見だ」
「変えんでも的確だバカ」
そしてあたしの助言に納得した総司たちは、周囲に警戒しながら部屋を出ていった。多分猫を見つけたら捕まえるのだろうけど、さっきみたいに追いかけ回して大騒ぎという事態にはならないだろう。
「にゃあ」
廊下に出て彼らを見送った後、屋根から下りてきた猫がこちらを見上げて一声鳴く。人の気も知らないで、とあたしは苦笑するしかなかった。