今の屯所には、数えるほどの隊士しかいない。近藤さんや土方さんをはじめ幹部の皆も大半が出払っていて、残って屯所警備にあたっているのは沖田さんと平助君、そして山南さんだけだ。

先日の池田屋事件が原因で、仲間を殺された長州藩の人たちが京に集まってきていた。そして会津藩から直々に、長州の襲撃に備え新選組も出陣するようにとの命を受けて、近藤さんたちは出かけていったのだ。沖田さんと平助君は、池田屋の時の怪我が治るまでお留守番。山南さんも、相変わらず左腕が動かないからと屯所に残っている。
私も留守番を命じられて、近藤さんからはついでのように沖田さんと平助君の見張りを頼まれた。……多分、私が見張る必要はないと思うんだけど。
とりあえず今なら一般の隊士と会うこともないだろうからと、一人で部屋を出た私は中庭の掃除をしている。

「……出陣した皆は、今頃どの辺にいるのかな……」

そんなことを呟きながら空を見上げる。その時、屋根の上に人影を見つけてぎょっとした。

「クラちゃん!?」

部屋にいないと思ったらこんなところにいたのか。屋根に座っているクラちゃんはぼんやりと空を見上げていて、私の声は聞こえていないようだった。その様は何か考え込んでいるようにも見える。
……やっぱりクラちゃんも行きたかったのかな。参加するのかと土方さんに聞かれた時は、面白いことなさそうだからやめとく、なんて答えてたけど。

「……あれ、千鶴?」

あんまり長い時間風に当たっていては体調を崩してしまうかもしれないからと、名前を呼ぶこと三回目。こちらに気付いてくれたクラちゃんが、目を丸くして私を見下ろした。そして軽い動作で屋根から飛び下り、私の近くに着地する。こうした些細な動きで、やはり彼女はただ者ではないのだと、いちいち私は驚かされる。

「ごめんね、気付かなくて。ちょっと計算してた」

「計算?何か考え事してたみたいには見えたけど……出陣した皆のことを考えてたんじゃなかったの?一緒に行きたかったとか」

「違う違う。楽しそうな予感しなかったし、そこは後悔してないよ。嫌な予感もそれほどしてないし」

どうやらクラちゃんが考えてたのは、自分の世界に帰る方法のことだったらしい。

「世界と世界を繋ぐには、空間に穴あけるのが一番手っ取り早いからね。いつどこにどんな穴をあけるべきか計算してたの」

「……ええと……?」

「この間一回穴あけてみて、あたしの世界とこの世界の位置関係もおおよそ掴めたし。あとは世界同士が近付く時間と最も道を繋げやすい位置を予測・計算して穴をあければ、一時的なゲートを作ることは理論的に可能な筈……まぁ一応問題視すべきは、アムネスト値の限界許容量を明確に打ち出す必要があることと、境界維持線の瞬間強度に匹敵するエレンミニア・アジェクトの放出で対象空間以外のネメシアズム濃度に影響が出かねないことと……」

「と、とにかく、何とかなりそうってこと?」

「うん、まぁそうかな。ならなくてもしてみせるけどね」

改めて思うけど、クラちゃんは本当に頭が良い。私が聞いても全く意味がわからない単語を平然と並べていく様は、普段の子どもらしい笑みを浮かべた彼女とは似ても似つかない。学者なのだと、自身をそう紹介したクラちゃんの言葉が今なら信じられる。

「……帰っちゃうんだね」

「ま、いつかね。まだ暫くはここで厄介になると思うけど」

少し、寂しい。わかってはいるんだけど、やっぱり、仲良くなれた相手と別れるのは寂しい。それが歳も近い女の子なら尚更。

「あー、考え事してたらお腹すいちゃった。確か勝手場の棚にお菓子あったよね。あれ食べちゃおっか」

私の心情を知ってか、いつものような明るい声音で言ったクラちゃんの悪戯っぽい笑顔に、私も自然と笑みを浮かべられた。






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