いらぬ混乱を起こさないため、錬金術師である自分の能力を人に見せたことはなかった。自力で元の世界に帰る手段として必要だから、自室にいる時など人目を盗んで使うくらいだったのだけど。
「……」
「……」
「……えーと」
まったくタイミングが悪いことに、あたしの前で独特の錬成光が生まれたその瞬間に、背後の障子戸が開いたのだ。
廊下から姿を現したのは千鶴と、これまたタイミングの悪いことに土方さん。あたしに何か用だったのかね。二人は目を真ん丸くして、その場に硬直している。ああ、こりゃ完全に見られたわ。
「……なるほど、お前が隠してたのは『それ』だったわけだ」
「ま、そういうことかな」
先に我に返ったのはさすがの土方さんで、驚きふためくことなく冷静に納得された。あたしは手の中にある氷を、その横で未だに固まっている千鶴の額に当ててやる。
「ひゃっ!?」
冷たさに驚いた彼女の可愛らしい反応に満足して、動揺している千鶴の手に氷を渡した。
「これ、やっぱり氷!?じゃあさっきのは、本当にクラちゃんが!?何もないところから氷を作り出せるなんて、クラちゃんって一体……」
そして期待通りのリアクションをとってくれた千鶴の横で、土方さんが彼女を呆れた顔で見下ろしていた。
その後副長室に場所を移して、あたしは簡単に錬金術のことを説明した。やはりこの世界には存在しない技術で、土方さんも千鶴も信じられないような顔をしていたけれど、さっきのを実際に見た後だから何も言えないらしい。
「……確かに、お前がその錬金術ってやつを自在に使えるなら、俺たちにはお前を殺せないかもしれねぇな」
ああ、そういえば総司やイチくんがそんなふうなこと言ってたっけ。
「で、それはお前が元の世界に帰るために必要なんだな?」
「うん。時間はかかるだろうけど、術が使えるなら元の世界への道を必ず作ってみせる」
様々な世界を渡っているうちに、そんな術も身に付けてしまいました。喜ぶべきなのか否か気になるところだけど、多分答えは誰もくれない。
「……言っとくけど、錬金術師としてアンタたちに協力するつもりはないから。術を教える気もない。教えたところで、あたしの世界の人間以外に使えるとは思えない」
そうはっきり告げると、あたしの言葉が予想通りだったのか、土方さんは動揺もせず頷いた。
「それは構わねぇがな、外では絶対に使うなよ。お前の力は利用価値がある」
例えば倒幕派の者に見られたら、あたしは奴らに狙われることになるのだろう。この力を利用するために。そしてあたしが協力しないことを、この力を他人が扱えないことを知れば、今度は邪魔者として命を狙われるかもしれない。土方さんはそれを案じてくれているのだ。本当に、『鬼の副長』の二つ名が嘘のように優しい人だこと。
「わかってるよ。あたしだって、命を削る真似はしたくない」
異世界で錬金術を使おうとすると、何らかの代償が必要になる。いくつかの世界では真理の計らいでなんとかなったのだが、今回はそうもいかないみたいだった。元の世界では地面の下からエネルギーをいただいていたが、異世界においてはそれが通用しない。この世界で術を使うのに代用するのは、あたしの生命力ーーいわば寿命といったところか。
元の世界に帰るために仕方なく、ならともかく、なんで他人のために寿命を削らにゃならんのだ。かいつまんで話してやれば、そりゃそうだ、と素っ気ない同意をいただけた。