二月半ばになると、近藤さんが隊に復帰した。
鳥羽伏見での敗戦や将軍の遁走によってだだ下がりだった士気も、少しばかり持ち直したようだ。近藤さんの怪我は全く元通りになったわけではなく、以前のように刀を振ることは難しそうだが、やはり隊のトップがいるかいないかでは大きく違う。

日が落ちてから開かれた合議では、新選組の今後の行動について語られた。

「さて、新政府軍との戦についてだが……我々の次の戦場は、甲府だ!甲府城で、敵を迎え撃つこととなった。御公儀からは既に、大砲二門、銃器、そして軍用金を頂戴している!ここは是非とも手柄を立てねばな!諸君」

近藤さんは目を輝かせながら、作戦についての説明を始めた。
今回の任務に当たって、近藤さんは若年寄格、土方さんは寄合席格という身分をもらったらしい。しかもこの任務が成功したら、新選組に甲府城をくれるというのだ。
元々小さな道場の道場主だった近藤さんが、働きを認められ大名に取り立てられたとなれば、舞い上がってしまうのも無理はない。しかし、新八や左之の反応は冷たかった。

「……なあ、近藤さん。その甲府を守れって話を持ってきたのは、どこの誰だ?」

「勝安房守殿だが……それがどうかしたのか?」

勝安房守。あたしも噂は何度か耳にしたことがあるけど、はっきり言ってあまりいい評判は聞かない。

「なんでも、大の戦嫌いで有名らしい。そんな人が、なんで俺たちに大砲やら軍資金を気前良く出してくれるんだ?」

「そもそも徳川の殿様自体が、新政府軍に従う気満々らしいな。勝なんとかさんも、同じ意向なんじゃねぇのか」

新八と左之の疑問はもっともだが、近藤さんは二人の言葉に顔を顰める。そして腕組みをし、胸を反らせながら言い放った。

「永倉君、原田君、これは幕府直々の命令なんだぞ」

確かに、今は戦況が芳しくないために将軍も恭順しているが、新選組が甲府城を守りきれば、幕府側に勝算ありとみて戦に本腰を入れるかもしれない、と。

「それに、勝てる勝てないの問題ではない。御上が我々を、甲府を守るに足る部隊だと認めてくれているんだぞ。ならば全力で応えるのが、武士の本懐というものだろう。そうじゃないかね、永倉君」

「……その言い方、やめてくれねぇか。俺は新選組の組長ではあるが、あんたの家来になったつもりはねぇんだからな」

うぅわ、空気悪っ。
険悪な空気が漂い、千鶴が助けを求めるように土方さんを見ると、ちょうど皆の視線も集まった。

「……とりあえず、新政府軍との戦いに備えて隊士を増やそう。甲府城を押さえたら、幕府からも増援が来るはずだ」

ついでに勝安房守の評判についてもフォローする。

「いくら戦嫌いとはいえ、避けられねぇ局面があるってことぐらいはわかってるはずだぜ。何せ、この戦で幕府が負けちまえば、幕臣は全員、食い扶持を無くしちまうんだからな。そこで俺たちを負かしゃしねぇだろ」

「……ま、確かにそれも一理あるけどよ」

土方さんにそう言われると、新八もそれ以上反論できないようだ。
次いで山南さんが羅刹隊の行動について確認するが、今回羅刹隊は出動させないと告げられ、瞠った目を土方さんに向ける。

「幕府からの増援が来た時、あんたらの姿を見られるのはまずい。それに甲府城には、他の兵士たちも多く詰めてるからな。存在を公にしちまったら、隠密部隊の意味がねぇだろ?」

「ですが……」

「まだ戦は始まったばかりなんだしそんなに功を焦る必要はねぇって、山南さん」

そう言った後、平助は土方さんへと目配せした。どうやら事前に話し合いの段取りをつけてあったようだ。
その後、近藤さんの号令で解散となる。甲府への出立はまだ先になるから、体調を整えておくようにとのことだった。

幹部の皆は各々の部屋へと戻り、部下たちに合議で決まった内容を伝える。広間に残ったのは土方さんとあたしだけだ。

「お前はどう見る?」

地図を見ながら考えを巡らせているようだった土方さんに問われ、頬杖をついていたあたしも地図を眺めながら口を開く。

「戦いたくて仕方ない新選組を、江戸から遠ざけようとしてる」

「……そう思うか」

「そりゃあねぇ。で、どうなの実際。勝算は?」

本当は聞くまでもないけど。地図から顔を上げた土方さんは、やはり苦笑をあたしに向けた。

「鳥羽伏見での負け戦やら、薩長の連中の士気や練度の高さを見てると……難しいだろうな」

今回の戦にあたって、幕府のお偉いさんから武器や大砲は預かってきているが、欧州から新型の武器を山ほど買い入れている薩長にはどうしたって歯が立たないだろう。
鳥羽伏見を経験していない近藤さんは、銃がいかに強くとも接近戦に入れば勝機はあると考えているが、銃はそんな生易しいものではない。

「近藤さんにはなるべく負け戦なんて経験してほしくないからな、もちろんそうならないよう努力はするが……」

「人も武器も、何もかもが無い無い尽くしの戦争だもんねぇ」

近藤さんが『勝てそうにないから』で引く人でないことはわかっている。土方さんの今回の仕事は、可能な限り被害を減らすこと、かな。
今回羅刹隊を出動させないのは、先に山南さんを説き伏せた理由も本当だろうが、敗戦後の再起のため、銃や弾丸を集めるなどの下準備をさせるためだろう。当然ながら、土方さんは甲府で終わるつもりはないらしい。

「苦しい戦いになるのはわかりきってるからな、本当なら千鶴を連れて行くわけにゃいかないんだが」

ここに残していけば、また風間の野郎が乗り込んで来るかもしれない。かといって羅刹隊と一緒にいさせるわけにもいかない。っていうか、置いていこうとしたら怒るよな、あの子。
くれぐれも危険な真似はしないこと・必ず土方さんの指示に従うこと、それが守れるなら連れて行くと、既に千鶴には言ってあるそうだ。

そして日は過ぎて、甲府へ出立する数日前。
呼び出されて屯所に来てみれば、広間がえらいことになっていた。

「よう、麻倉!」

「おう、クライサ。……変な顔してどうした?」

「……や、いま脳が情報処理してる最中だから、ちょっと待ってて」

不思議そうな顔をした左之は、いつも結っていた髪を少し切って下ろし、白と黒を基調とした洋装に身を包んでいる。新八は髪型はそのままだが、緑と黒を基調とした洋装姿だ。
今回の戦から、どうしても和服でなきゃ嫌だという者以外は洋装にするように、と土方さんから指示が出ている。敵は全員洋装だから、西洋式の戦いをするならこちらのほうが都合がいいのだろう。
事前に話を聞いていたとはいえ、実際に目にするとやっぱり多少の衝撃があった。みんな似合わないわけではないのだが、どうしたって違和感はあるわけです。

「この釦ってのが厄介でなぁ…」

「異国の服ってのはなんでこんな窮屈なんだ?」

着てる本人たちも苦戦しているようだ。袖や腹の周りをペタペタ触ってみたり、ズボンを穿いた足元を見下ろしたり、襟元のボタンをいじってみたり。そんな隊士たちを見守る千鶴の目にも、物珍しそうな色が映っていた。
そして、その奥にはーー

「のぉぉぉぉぉぉおおお!!!!」

「うわっ、なんだよ麻倉!?」

「ど、どうしたの、クラちゃん?」

突然畳に這いつくばって喚いたあたしに、新八が驚きの声を上げ、千鶴が慌てた様子で駆け寄ってくる。イチくんが咄嗟に刀に手をかけた気配がした。だって。だって!

ひ じ か た さ ん が ! !

「土方さんの髪が無いぃぃぃ!!」

「おい、ひとを禿みたいに言うな」

土方さんのポニーテールがきれいさっぱり無くなっていたのだ!!
そりゃわかるよ、イチくんだってそうだし、洋装に合わせて髪を切ったのだろう。だけど!土方さんのTSU●AKI的サラサラストレートロングヘアが!乙女の憧れの美髪が!!

「別に土方さんが髪切ろうがハゲようがどうだっていいけど何故かあの黒髪がバッサリいかれたと思うと悲しさと悔しさと愛しさと切なさと心強さとが湧き上がってきたりなんかしちゃって胸の内がすっごく複雑なんですああなんで切るときにあたし呼んでくれなかったの超絶に面白おかしい素敵スタイルにしてあげたのにいやあの髪切れってよく考えたら苦行だな素人の女子にさせちゃいけない行為だよハサミ入れるごとにボディーブロー食らってるのと同じだもんねはあぁほんとなんで切っちゃったのちょっとくらい躊躇いなよバカぁぁぁぁ!!」

「お前は本当に人生楽しそうだよな」

というわけで、後ろ髪をバッサリ切った土方さんは黒を基調とした洋装を纏っている。くそ、イケメンめ。千鶴が見とれてるのに不思議そうにしている姿がさらにムカつく。

「近藤さんは洋装じゃないんだね」

「いや、どうも異国の服は窮屈そうでな……あの靴というのも、歩きにくくて仕方ない。それに、やはり武士というのは、袴に刀を差していないとしまらん気がしてな。ただの我侭かもしれんが」

うん、確かに、ザ・日本男児って感じの近藤さんが洋服を着てるのって想像出来ないかも。

「……あんたは、そのままでいいんだ。前線に出るわけじゃねぇし、陣中にどっしり構えててくれりゃいい。あんたの存在自体が、隊士にとって支えになるんだからな」

「そうか?そこまで言われると照れてしまうが……」

ちなみに千鶴も和服のままである。洋装、見たかったなぁ……。
ちょっぴり肩を落としながら、あたしはひとつの行李の前に立った。行李の中には黄と赤を基調とした洋服が入っている。これは総司のために用意されたものだ。

「で、あたしを呼んだのはコレを預かるためでいいのかな?」

「ああ。総司の傷が完治したら渡してやってくれ」

総司の怪我はだいぶ回復してきたが、未だ完治には至っていない。みんなと一緒に出立することはできそうにないが、傷が治り次第追いかけることになっているのだ。
共に出立できないことに、近藤さんは少し困った顔をする。

「甲府に向かう道中で日野を通るからな。故郷に錦を飾る、というわけでもないが、できれば総司も連れて行きたいんだが……」

「近藤さんの気持ちはわかるが、無理をされたら元も子もないからな。異常があれば参戦を自重するように言ってくれ。駄々をこねるとは思うが、お前の言葉なら総司も聞くだろ」

「ん、りょーかい。土方さんは心配性だなぁ」

「うるせぇよ」

照れくさそうにそっぽを向いた土方さんに、あたしは笑った。

そしてまたまた日は過ぎて。
新選組が『甲陽鎮撫隊』と名を改めて、甲府へ出立した少し後。

「ずいぶん窮屈だね、西洋の服って」

「自分は着たことが無いのでわかりません」

「……ああ、そうだよね。山崎君に同意を求めた僕が馬鹿でした」

総司の傷も完全に塞がり、確認の意味も込めて洋服を着させてみた。服のあちこちを確かめながら言う総司に返す山崎君は思いっきり他人事の口調だ。
洋装するにあたって、いつも結っていた髪は切った。背の高い彼が体のラインがわかるような服を着ると、スラリとしてかっこいい。似合うね、よしよし。

「クライサちゃんはクライサちゃんで、なんか微笑ましそうに見てるし」

「んー?ふふー、みんな同じ反応するなぁと思って」

「君は着慣れてそうだもんね」

ちなみにあたしも総司に合わせて洋装にした。と言っても、こちらの世界に来た時に着ていた服に戻しただけだが。
黒のフード付きコートにショートパンツ、ブラウンのブーツ。インナーには和服も使ってちょっとアレンジ。刀を差すほうとは別に巻いたベルトには、ナイフを数本入れたカバンが付いている。これで黒の帽子を被れば完璧、ちょっと懐かしい気分である。
あたしの左手首に紅い紐を見つけた総司がそれに触れる。あの鈴はそこに無いけど、何の紐だったのかすぐにわかったのだろうか。親指と人差し指で挟むように紐をなぞる総司の顔は優しげだ。

「ところで、出立は何日に」

山崎君が話を戻すと、総司の表情は冷えたものに変わる。

「僕は今すぐにでも出発したい」

「はいはい、そういうわけにはいかないですよ総司くん。松本先生に挨拶くらいはしなきゃね」

総司の心情を思えば当たり前の希望だが、松本先生にはたくさんお世話になったし、この家は彼の持ち物だ。突然黙っていなくなるのはさすがに失礼過ぎるだろう。

「それでしたら明日の晩、松本先生に来て頂きます。沖田さんは出立前にもう一度だけ、松本先生の診察を受けてください」

面倒くさそうな顔をする総司に、山崎君は淡々と続けた。異常があるようなら参戦を自重しろ、これは土方さんのお達しだ、と。

「……僕に異常があれば、土方さんは喜ぶんだろうね」

総司がそんなことを言うので、あたしはその背をポンポンと叩く。上目遣いで彼を見上げ、口元には抑えきれず浮かぶ笑み。

「本当に思ってんのかどうかだけ、聞こうか?」

「……君も意地悪だよね」

拗ねたように唇を突き出す仕草に、先日の土方さんの照れ隠しが重なって、あたしはついつい吹き出してしまった。







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