あたしは一度死んだ筈の人間だ。
規格外の存在があたしの死を止め、生きる時間を与えてくれたけど、それでも、残された寿命は他に比べたら圧倒的に短かった。日に日に時間は減っていき、身体機能も落ち始める。右目が見えないのだって、そのためだ。
いずれ左目の視力も衰え、何も見えなくなるかもしれない。その前に、足が機能しなくなり、一歩も動けなくなるかもしれない。あるいは、手が動かなくなり、刀も握れなくなるかもしれない。何もかも出来なくなって、動かなくなった体を布団の上に横たえ、いずれ来る死の日をただ待つしかなくなるのかもしれない。

もちろん、そんな未来を待つだけではなくて、寿命を延ばす方法を、あたしも、あたしの大切な人も探している。そんな方法など無いと言ったあたしを、“無い”などと決めつけるなと窘めた人。諦めないと言ってくれたその人を、あたしは信じている。
けれど、その反面、諦めてもいる。方法が無かった場合、間に合わなかった場合、過度な期待を持って裏切られたくないし、間違ってもその人を責めたりしたくないのだ。はじめから諦めていれば、ショックは小さくて済む。覚悟もできる。……その人に言ったら、絶対怒られるけど。

たぶん同じくらいずつの希望と絶望を抱えて生きてる。けれど、不幸ではないのだ、あたしは。哀れもうとする人間にドロップキックかましてやるくらいには、幸せだと思ってる。
だって、あたしの何倍も生きられる人がきっと一生かかっても経験できないことを、何度もさせてもらっている。いくつもの世界を訪れて、たくさんのものを見、たくさんの人に出会い、たくさんのことを経験させてもらった。
今のように、何年もひとつの世界に滞在することだってあった。やはり身体的な成長はないけど、元の世界に留まっていたら考えられないほど、長い時間を生かされている。
異世界におけるあたしは、ある意味不老不死であると言ってもいいだろう(致命傷を受けないことが前提だ。病や飢えなどで死なないというだけの話である)。もしかすると、羨望の対象になるのかもしれない。己の老化を気にせずいくらでも遊び歩けるとなれば、それを不幸と言う者もまずいないだろう。



「でも、それは、君の望む本当の幸せじゃないんでしょ?」



……クライサちゃんの口調は、彼女の心をそのまま映し出すみたいに落ち着いていた。
クライサちゃんの話は、以前からだが、やはり信じがたい内容が多い。だけど、彼女が作り話をしているとは思わなかった。そんなことをして何か得があるとは思えないし、同情を買うためにそうするような子でもない。暇潰しにしたって、もう少しまともな話を作る筈だ。

僕の問いを、クライサちゃんは否定しなかった。
他の世界で様々な経験をすることを幸せと言ったのは嘘ではないだろう。新選組に滞在していた彼女は本当に楽しそうだった。やりたいことをやる、いたいからいる、という言葉通りだったのだと思う。
けれど、僕を自身に重ねたと言う彼女なら、それを本当の幸せだとは思わない筈だ。つまりそれは、労咳と告げられた僕が、新選組を離れて静養し、剣を捨てて延命を選ぶことと同じ。本当にいたい場所で、本当にしたいことを出来ない。

「君は、よその世界にいくら滞在できても、自分の世界ではーー……本当に大切な人たちとは、いられないんだね」

クライサちゃんは、今までに見たことがないくらい、穏やかな顔をしていた。
同時に、知る。思い知った、というべきかもしれない。
彼女には、僕にとっての新選組ーー近藤さんのような存在がいることを。それが彼女の世界にいる人であり、命をすり減らす世界だと知っていながら、彼女は必ずそこに帰るつもりなのだと。
……複雑な気持ちだ。けれど、確かに、安心していた。クライサちゃんに、そのくらい大事にしている人がいることに。

彼女が僕を選ばないように、僕も彼女を選べないのだから。

「君の命を、僕にちょうだい」

膝の上で握り締められていた手に触れながら言えば、クライサちゃんは目を瞬いた。

「正解だったね。君の寿命を削るっていう、あの妙な術を、余計使わせたくなくなった」

「総司……」

「僕の補佐で、いてくれるんでしょ?」

緩く握った手を、強く握り返される。空みたいに鮮やかで、海みたいに深い色をした眼が、真っ直ぐ僕を見た。しっかり頷かれたのに安心したら、急に体が重くなる。耐え難い眠気に目を開けていられない。意識が闇に落ちる寸前でも、クライサちゃんの手の温度を感じられた。



「おやすみ、総司」



病に臥せる姿が、いつかのあたしの姿と重なるから。それが総司をほうっておけない理由だった。彼を救えれば、あたしも救われるんじゃないか。そんな思いが、少なからずあったのだと思う。
落ちるように眠りについた総司を、ただ見つめている。なんとなく放しがたくて、握り続けている手は、握り返されることはない。

“総司の幸福な未来を想像できない”

それはつまり、あたしの未来にも当てはまる。誰よりも幸せだった、と笑って逝ってやると豪語しているくせに、あたしは自分でその未来を否定しているのだ。

「ダメだね、あたし。自分の想像力に負けてるようじゃ、幸せなんか掴み取れない」

“『そばにいたい』って思ったから、他人に何を言われても、どんな状況に陥ろうとも、そばにいるって決めた”

“あたしがあたしであるために。信念を貫くために、命を懸けるんだ”

ーーそれでいい。
元の世界に帰りたいと、大切な人たちに会いたいというのは本当の気持ちだが、この世界で出会った人たちを大切に思う気持ちも本物だ。
この世界にいる間は、“麻倉”として、“クライサ”として、本当に望んだことをやればいい。今さら、そこに疑問を持つ必要なんてない。

「アンタに幸福な未来がないっていうなら、あたしがアンタを幸せにするよ」

それはきっと、あたしのためでしかないけど。
繋いでいないほうの手で、そっと総司の頬を撫でる。手のひらに伝わる体温に、心の底に安堵が広がる気がして、あたしは最後の決意をした。






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