『お前も総司と共に行け』


「異存はないな?」

「あるよ!ないわけないでしょ!なにそのドヤ顔!四章一話再来させようか!?」

淡々とした口調で土方さんは命令してくだすったが、はいわかりましたと了承出来る筈がない。何度も言うが、今はいつ戦が始まるかわからない時なのだ。そんな状況だというのに、怪我なんかひとつもしてないあたしを、戦力のひとつである存在を、わざわざ戦場から離すと言っている。馬鹿なのか。

「今のあたしは一番組を率いる……」

「おい、勘違いするなよ。俺は確かに、お前に総司の補佐を任せたが、一番組の組長をやれと命じた覚えはない」

「……まぁ、うん」

事実上はそんなものだったが、組長代理と呼んでいたのは隊士だけで、正式に拝命された覚えはあたしにだってない。一番組を総司から預かっていたのは確かなんだけど、組長代理と総司の補佐、どちらを優先するかと聞かれれば選ぶまでもないのだ。

「それとも何か?一番組はお前無しでは使えない部隊か?」

ニヤリと、挑発的な笑みを浮かべられて、どうして頷けようか。自然、口角が上がる。

「……ざっけんな。あたしの育てた一番組が、そんな腰抜け集団なわけないでしょ」

あたしが手ずから鍛え上げた連中だ、戦闘技術はもちろん、根性も判断力も相当なレベルになっている。他の組長の誰が頭についても、恥ずかしくない統率力を見せてくれることだろう。忘れがちかもしれないが、これでもあたし、元軍少佐。一小隊を鍛える腕くらいは持っている。

「なら何の心配もいらねぇだろ。お前は安心して、総司と近藤さんを守ってろ」

「千鶴は」

「……お前も、あの姫さんと同じことを言うか?」

途端、眼差しを強く冷たくした土方さんの声音が低くなる。

「新選組の力じゃ女一人守れねぇと、お前もそう言うつもりか」

実は今日の昼、君菊さんを連れた千ちゃんが千鶴を訪ねて奉行所にやって来た。用件は以前と同じ、ここを離れて自分たちのもとへ来ないかと。あの時とは状況が違う。戦の最中、千鶴を狙って風間たちが襲撃してきたら、新選組は今度こそ彼女を守り通すことは出来ないだろうと千ちゃんは言うのだ。
千鶴がここにいたら、薩長軍と鬼の両方を相手にしなければならなくなるかもしれない。それは彼女自身も理解していた。だが、感情が彼女の判断を鈍らせた。新選組の不利を考えれば、千鶴はここを離れるべきだ。離れるべきだが……、と迷っていた彼女の心をいち早く察し、出て行きたくないならここにいればいい、と彼女の存在を許したのは、他でもない、土方さんだった。

「アホか。今更そんなこと言うわけないでしょ。薩長でも鬼でも、千鶴に手出しさせたらあたしが新選組を潰すよ、つってんの」

「てめ……」

「戦地に千鶴残して退けっていうんだから、そのくらいのこと言わせてもらってもいいよね?」

にこり。満面の笑みを浮かべて見せてやれば、土方さんは顰めっ面であたしを睨んだ後、重々しそうに溜め息を吐いた。

「武士に二言はねぇ。アイツのことは俺たちが必ず守り通してやるさ」

「うん、そうして。あたしも出来れば新選組は潰したくないからさ」

「……ったく、すっかり調子取り戻しやがって」

「あたし『らしく』ていいでしょ?」

「まぁ、辛気臭ぇツラされてるよりはずっとマシだな」

うん、あたしもそう思う。自分で言うのもなんだが、あたしに暗い顔は似合わないよね。やっぱりあたしは笑ってなくちゃ。

それから土方さんの部屋を出たあたしは千鶴のもとへと戻り、大坂へ向かう旨を彼女に話した。総司と共に、という点で千鶴は何故か顔を綻ばせたが、聞いちゃいけない気がするので華麗にスルーしとく。

「状況が状況だから、無理しなきゃいけない場面も出てくると思う。だから無理するなとは言わない。どんな時も、生き残ることを第一に考えるんだよ」

本当ならあたしが彼女の護衛についてやりたいけど、叶わないものをぐちぐち言い続けるわけにはいかない。大坂に一緒に連れて行きたい。でも、ここに残りたい、というのが千鶴の心からの希望なら、それを妨げることなんて出来やしないのだ。

「ありがとう。クラちゃんも、どうか気をつけて……」

「…………」

いや、あのね?
戦時なんて状況は変わりやすいからわからないけど、あたしが向かう大坂は安全圏って言っていい場所だと思う。それに比べ、千鶴の残るこの奉行所はおそらく前線となり得る場所だ。あたしなんかより、千鶴のほうがずっとずっと危険だし、ずっとずっと気をつけなきゃならんでしょ。
…………と、思ったけど口にはしなかった。かわりに、ぎゅうと抱き締めてやった。成長したよね、あたし。

「あーーーもーーー」

「ク、クラちゃん?」

「やっぱり好きだー。頼むから死なないでよ。無事でいてよ。じゃないと新選組潰すからね」

「え!?」

これを今生の別れにする気なんかさらさら無いから、あっさりと千鶴を解放してやる。源さんが手伝いを求めて彼女を呼ぶので、名残惜しげにあたしを振り返る千鶴にいいから行けと促した。どうせ明日、ここを出る時には顔を見せることになるのだ。
足早に去っていく背中。小刻みに跳ねる、束ねられた黒髪は、どこか小動物を思い出させて可愛らしい。見送っていた背中が見えなくなって、呟いた。

「……ごめんね」

『殺してやる』

アンタに何も知らせぬまま、アンタの唯一の肉親を奪おうとしているあたしを、許さなくていいから。恨んでいいから。
頼むから、アンタは自分のことだけで思い悩んで。血を分けた兄の所業を己のものにしようなんて傲慢を犯さないで。知らないで。気付かないで。それをアイツが裏切りと言うなら、あたしはそれごと全部背負うから。

『お前のやり口はずるいよ、クライサ』

「…………そうだね」

復讐者たる親友の眼を覚えている。冷たく、鋭く、昏い眼。彼の言う通り、あたしは卑怯者だ。千鶴に選択肢さえ与えてやらない。

ーーでもね、リオ。やっぱりあたしは変わらないよ。

たとえそれが間違いでも、誰を傷つけ、誰に恨まれようと、あたしはあたしがそうであってほしい未来のためだけに、行動する。それによって生まれるあらゆる感情、事象はすべて背負うと、どうしようもない言い訳を口にして。

「……間違ってたって構わない」

南雲薫は必ず、あたしが殺す。






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