矛盾している。

『あたしがあたしであるために。信念を貫くために、命を懸けるんだ』

『アンタが望むなら、何だってくれてやる』

いつもいつも、他を押しのけるように偉そうに、胸を張って言うくせに、あたしの発言はひどい矛盾ばかりだ。

“『世界中の誰よりも幸せだった』って笑えるような、誇れる人生を歩みたい”

どれも本音で、本心だからこそ矛盾する。捨てることの出来ない心。意志。希望。拭い去ることの出来ない不安。恐怖。絶望。

“幸福な未来を想像できない”

ジレンマに潰されてしまう可能性に怯えて、抱え込んだまま生きていくのかもしれない。
あるいは、抱え込んだままーー


『オレは諦めてないからな』





目が覚めたことで、眠っていたと気がついた。
霞んだ視界は、数度の瞬きで明瞭になる。電灯より遥かに光量の落ちる行灯の、橙色の明かりが室内をぼんやりと照らす。未だ夜は明けていないらしい。

「……ごめん、寝てた」

「もっと寝てていいんだよ。休めって、土方さんに言われたでしょう?」

呟きじみた声に返したのは、肩を貸してくれていた千鶴だ。慌ただしく隊士たちが動き回っている奉行所の片隅、二人揃って腰を下ろしたそのままの格好で、千鶴は眠る前と同じようにあたしの手を握ってくれている。
どれくらい眠っていたのかと問えば、ほんの短い間だと返ってきた。周りの隊士たちの様子からして、10分20分程度だろうと推測する。

「そっか」

千鶴の肩にもたれていた頭を起こし、立ち上がると、心配そうに見上げてくる千鶴と目が合った。それに微笑みを返して、奥の部屋へと足を向ける。


あの後、銃声を聞きつけて来た調査隊の手によって、総司は奉行所へと運ばれた。
道中、止めようにも止まらない涙をぼろぼろと流し続けていたあたしをずっと励ましてくれていたのは左之で、イチくんにまで手拭いを差し出されるなんて気の遣われ方をしてしまった。ちょっぴり情けない。
奉行所で出迎えた土方さんは、一瞬驚いて目を見張ったけれど、総司の血に濡れたあたしに「お前の血じゃねぇな」と確認を取るや否や、総司を奥に運ぶよう隊士たちに指示を出した。

ちょうど、近藤さんが運ばれてきた時と同じような騒ぎだ。あの時島田君にそうしたように、土方さんはあたしに状況の説明を求める。その頃になれば涙は止まっていて、あたしは未だ動揺を交えながら、それでもなんとか簡潔に事情を説明することが出来た。
総司が羅刹になった夜、薫の存在は土方さんには伝えてあったから、話を聞いた彼は眉間に刻んだ皺を更に深くしただけだった。

『沖田君は銃撃を受けたのですか?』

総司の怪我の処置はすぐに始まった。山崎君の手によって、彼の体に撃ち込まれた銃弾がひとつひとつ取り除かれていく。

『最新型の連発銃を使われようと、羅刹はその程度で死にません。銃傷はいかに深くとも小さな傷です。……銃弾さえ摘出すれば見る間に回復する筈ですが』

山南さんはそう言ったけれど、全ての銃弾を取り除いても、総司の意識は戻らず、傷は塞がる気配を見せなかった。
あたしは暫く彼のそばに控え、昏々と眠り続ける総司を黙って眺めていた。身動きひとつしないあたしを見かねて、土方さんは少し休めと指示を出したのだ。騒ぎを聞きつけて起きてきた千鶴に、麻倉を頼む、なんて言いやがった上で。

「土方さん」

だけどおかげさまで、混乱と、後悔と、怒りと、色んなものでまぜこぜになっていた頭の中が少しすっきりした。いくらか落ち着いた心に自分自身で安堵しつつ、戸を開いて見えた背中に声をかける。振り返った土方さんは、あたしを見るなり呆れたように溜め息を吐いた。

「ったく、休めと言っただろうが」

「少しは寝たよ。おかげさまで、落ち着いた」

後ろ手に戸を閉め、土方さんの隣に並ぶ。彼が戻した視線の先には、未だ意識の戻らない総司の姿がある。傍らに控える山崎君の表情は険しい。

「相変わらず?」

「……ああ。漸く出血はおさまってきたが、傷が回復する様子は無いな」

総司の怪我は、普通の人間だったら即死ものだった。彼が今生きているのは、間違いなく羅刹の力によるものだろう。だとすれば、何故あの驚異的な治癒力は発揮されないのか。
思考に耽りかけたところで、土方さんが山崎君を呼ぶ。用件を伝える手間のないまま彼は頷き、何やら布を持ってこちらへ歩いてきた。あたしの前で広げられた布の中心にあったのはいくつかの銃弾だ。言うまでもなく、総司の身体に撃ち込まれたものだろう。

「これ……銀で出来てる」

ひとつ、手に取って確認してみる。間違いない。

「普通、銃弾っていったら鉛を使うものだけど……」

「お前の世界でもそうか」

「うん、まぁ大体はね。銀の銃弾なんて量産しようものなら金がかかってしょうがない」

それはこの国だって同じだ。銀が有り余ってしょうがないわけじゃないし、人間に撃ち込むなら鉛弾で十分。……つまり、そういうことか。

「銀には、羅刹の治癒力を抑える効果がある……?」

誰にともなく呟けば、土方さんと山崎君は沈黙によって肯定した。
理屈も、実際どこまでの効果があるかもわからないが、今こうして総司の傷が癒えていないということは、つまりそうなのだろう。彼を撃った藩兵たちを従えていたのは薫だ。綱道さんから変若水を受け取ったという彼なら、羅刹の力の弱点を知っていても不思議ではない。
ーーやはり、最初から総司が狙いだった。
ぐ、と噛み締めた唇に血が滲むのがわかる。それを制するように土方さんがあたしの肩に手を置いた。彼に促され、部屋を出る。向かったのは土方さんの自室だ。

「総司は明日、近藤さんと一緒に大坂へ送る」

傷が癒えない原因には一応目星がついたが、だからといってそれが解決策に繋がるわけではない。近藤さんの肩の傷同様、松本先生を頼ることにしたのだ。
いつ戦が始まるとも知れない以上、奉行所に怪我人を置いておくわけにはいかない。土方さんの判断は当然だし、あたしに異存はない。だが、

「お前も総司と共に行け」

「はぁ!?」






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