『俺の誘いに乗って』と言うからには、あの銃声の主は彼、南雲薫だったのだろう。そして狙いは、彼の言う『お前たち』、つまりは総司とあたしだ。まんまと誘い出されてしまったわけだが、総司は欠片も動じた様子はない。

「近藤さんを撃ったのは君?」

「証拠もないのに俺を疑うの?これだから人間ってやつは……」

馬鹿にしたような口調で薫はせせら笑う。ああ、そういえば、とわざとらしく手を叩いて、続けた。

「ちょうどあの日だったかな、御陵衛士の残党に会ったよ。彼ら、騙し討ちにされた伊東の恨みを晴らしたいんだって。奉行所に討ち入る勇気もないみたいだから、街道に張り込めばいいとは教えてあげたかな」

「……だったら、やっぱりアンタのせいじゃないか……!」

「誤解しないでくれる?俺だって悪気はなかったんだよ?」

薫はうっすらと笑みを浮かべる。

「新選組局長ともあろう人間が、まさかあんなに油断してるとは、さすがの俺も思わなかったからね!」

総司が飛び出す寸前、薫はパチンと指を鳴らした。それを合図に、物陰から姿を現した者たちがあたしと総司を取り囲む。

「……は、ご丁寧なこって」

「随分わかりやすい罠だなぁ」

「それって負け犬の遠吠え?」

ーーちょっと、マズい。
あたしたちを取り囲む藩兵たちは、みな銃を構えている。それに対して、あたしの刀は二本とも未だ背後、すぐには手の届かない位置にあるのだ。丸腰で凌ぎきるには、少々人数の不利がありすぎる。いくらあたしのよく知るものより格段に性能の劣る銃だとしても、これだけの数に狙われれば、数発当てられる覚悟はしなきゃならないかもしれない。正直、致命傷を避ける自信くらいしかないのだ。

「だけど、相手は新選組の沖田総司だ。銃で狙ってもなかなか当たらないだろうね」

不意に薫は、悩むような素振りを見せた。今度は何を考えているのかと、あたしは訝しんで眉を寄せる。
確かに、あたしと違って総司は刀が手元にあるし、何より今の彼は羅刹の身体能力を備えている。彼ならば無傷でこの包囲を抜けることも可能だろう。それを薫は承知の筈。だとすれば、あいつの狙いは。

「悪いけど君の口調、いちいちカンにさわるんだよね。言いたいことがあるなら、単刀直入に言ってくれる?」

「お前に話してるわけじゃないよ」

くつくつと笑いながら、薫はぐるりと周囲を見渡す。

「どうせなら丸腰の奴から狙ったほうが楽かもね、って倒幕派の皆さんに提案してるだけ」

全ての銃口が、あたしに向けられた。
ーーけれど、あたしは動じなかった。十二分に考え得る展開……というか、あたしが向こうの立場でも同じ選択をする。

「総司」

勝ち誇ったような笑みを浮かべている薫を睨みつけながら、隣に立つ総司に声をかけた。彼にしか聞き取れないくらい、小さな声で告げる。

「あたしは大丈夫」

だからアンタはあたしを気にせず、真っ直ぐ敵の殲滅に向かえばいい。
そっと微笑んでみせると、総司は目を見開いたが、その後小さく頷いてくれた。

銃口は全てあたしをとらえている。丸腰。避けきれない。……だけど、方法はある。

(あたしは、錬金術師だ)

薫がここであたしを殺すつもりなのか否か知らないが、ここで一発でも食らったら面倒なことになる気がする。
ならばあたしは、多少のリスクがあっても、錬金術でこの場を凌ぎきる選択をしよう。この程度の人数を相手にするくらいなら、術を使っても寿命の変動は大きくない。

問題は、ひとつ。目撃者を残せないこと、だ。
あたしが錬金術を使えることは、千鶴と一部の幹部しか知らない。新選組外の、それも敵に知られては確実にマズいことになるだろう。だから今回、術を使ってこの窮地を脱しようというなら、この場にいる、総司以外の全員を始末しなきゃならない。錬金術が使えるなら可能だ。



ーー錬金術なら、



「せいぜい死なないように頑張ってよ、麻倉」

薫の言葉を合図に、藩兵の銃が一斉に火を噴く。あたしはすぐさま両手のひらを合わせ……ようとして、出来なかった。
今まさに左手と合わせようとしていた、右の手首を掴まれる。何事か、と疑問に思う間はなかった。視界いっぱいに広がる浅葱色。ーー総司の背中。

「ぐっ……!」

「総司っ!?」

何発も何発も、銃弾を受けた身体がぐらりと揺れる。右の手首はすでに自由になっており、あたしはとっさに彼の前に出、前のめりに倒れかけた総司を受け止めた。体格の差に負けて足が折れる。その身体をこちらにもたれさせるようにしながら、地面に腰を下ろした。

「総司、総司!」

彼の身体のあちこちから血が流れ出る。羅刹の肉体は自然治癒力が異常に高い筈なのに、流れる血は止まる気配がない。あたしはすっかり色を失くして、ぐったりとしている総司の名を呼び続けた。
すっかり動揺してしまったあたしには、敵の動向に気を配る余裕もなかったが、幸いと言うべきか、追撃はない。薫は、楽しげに笑っていた。

「間抜けだなぁ。……でも、沖田なら庇うと思ってたよ」

総司の名を呼び続けていたあたしの声がピタリと止まる。そして、薫へと向ける視線。嫌な予感に粟立つ肌。
まさか。
はじめから、総司が狙いだったのか。

「誰かさんを守ったせいで、沖田は重傷だ。怪我、痛そうだね。可哀想だなぁ……」

おかしくてたまらないといった様子で薫がそんなことを言う。噛み締めた唇がブチリと切れた。

「…………やる……」

自分でも驚くほど、低い声が出た。喉を潰すようにして捻り出した声は、色濃い敵意を含んでいる。これほどの憎しみを向けた相手は、果たして何人いただろうか。

「殺してやる……アンタは、あたしが絶対に殺してやる……!」

ーー許すものか。絶対に許さない。おまえを、生かしておきなどしない。

「……いいね、その目。この間よりもっといい顔してるよ、麻倉」

薫の笑みがいっそう深まった。

「お前も沖田も、そう簡単には殺さない。……もっと俺を楽しませてくれるって、期待してるよ」

彼の合図で藩兵たちが下がっていく。冷淡な眼差しと歪んだ笑みでそう言い残し、薫は藩兵を引き連れて夜の市中へ消えていった。

「総司!しっかりして、総司!」

薫たちの気配が消えてすぐ、あたしは苦しげな呼吸を繰り返す総司の名を呼んだ。重たげに瞼を持ち上げ、総司の目があたしの姿をとらえる。

「……怪我、無い……?」

クライサちゃん、と弱々しくあたしの名を呼んだ声が、そんなことを言った。

「無いよ、バカ!アンタが余計なことしたおかげで全身無傷だ」

なんで。

「なんで、庇ったりなんかしたの……!」

あたしは一人で何とでもできた。それを総司は知ってるだろうし、先ほど頷いた顔はあたしを信用してくれた顔だったじゃないか。
……いや、本当はわかってる。わかってるんだ。

“錬金術なら”

確かに、国家レベルの武闘派錬金術師であるあたしなら、あの程度の連中を皆殺しにするのは可能だった。
ただ、躊躇った。錬金術を人殺しの手段にすることを。最愛の兄と、愛しき兄弟が脳裏に浮かんでしまった。
総司は、その一瞬の躊躇いを読み取ったのだ。

「……庇ったりなんか、しないでよ……」

なんで、庇ったりなんかするんだ。あたしが何を躊躇おうと、どれだけ怪我しようと、アンタには関係ないじゃないか。あたしは怪我をしても、致命傷じゃない限りは完璧に治るのだ。羅刹の回復力に頼る必要なんかない。アンタが痛い思いをする必要なんか、ないのに。

総司は暫し黙って肩で息をしているだけだったが、ふいにその腕があたしの背中に触れた。持ち上げられた両腕が、ゆっくりとした動作であたしの体を抱き締める。簡単に振り払えてしまえるぐらい、弱い力しか入っていない。

「……クライサちゃん。君が僕の補佐でいてくれるって言うなら……その間だけでいいから」

苦しげな呼吸。途切れ途切れの声を、一言も逃さないように静かに聞く。


「君の命を、僕にちょうだい」


ーーーーああ、


溢れ出す。
弱い力ながらしっかり抱き締められて告げられた言葉に、涙が出た。この世界に来て初めて、ぼろぼろと頬を滑り落ちていく涙。

「馬鹿だよ……アンタは、馬鹿だ……」

総司の背中に腕を回し、しがみつく。肩口に額を押し付けた。血のにおい。傷口は、未だ塞がった気配はない。こんな、怪我までして。

あたしの命を、時間の全てを望んでくれるのか。

「アンタが望むなら、何だってくれてやるから……っ」

目が潤んで仕方ない。堰を切ったように頬を伝う涙を止める術なんて知らない。
見上げた総司は、もう何も言ってはくれなかった。






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