とある大通りで漸く彼の姿を見つけた時、広がる光景は予想通りのものだった。
血飛沫。返り血を浴びた浅葱の羽織。転がる死体は、通りに布陣した薩摩藩兵たちのもの。敵陣をたった一人で壊滅せしめたのは、他でもない、総司だったのだ。

沖田だ、新選組の沖田が来た、と恐怖に引きつった声を上げていた藩兵たちは、ただの一人も逃れることなく彼の一刀によって絶命した。
一瞬の静寂の後、総司は次の獲物を探すように歩き出す。

「止まれ、総司」

立ちはだかるあたしを見下ろす目は、敵に向けられるそれとほとんど変わらなかった。

「……何しに来たの?」

「アンタこそ何してんの。こんな状況下で単独行動なんて、許されるわけないでしょ」

一人の勝手な行動が、戦時中の軍に致命的な隙を生むことは無いことじゃない。総司のこの行為は、薩長軍との戦いの引き金になりかねないのだ。
近藤さんは未だ目を覚まさないし、総司もあたしも、今の彼にしてやれることはない。いてもたってもいられなくなった総司が、敵を根絶やしにしてしまおうと刀を持った気持ちはわかるつもりだ。だが、

「感情に任せて刀を振って……アンタのやってることは私闘だよ。これ以上の勝手は許さない。奉行所に帰るよ」

総司はまだ、刀を納めない。射殺されかねない視線を向けてきていたかと思えば、ふと目を伏せ、大きな溜め息を吐いた。

「総…」

「ねぇ、クライサちゃん。君はいつまで、」

僕の補佐を気取るつもりなの?

「……え」

「言った筈だよね。僕にはもう補佐は必要ない。君、いらない、って」

ああ、それとも。
総司は刀の血を払い、鞘に納めた。口元には笑みが浮かぶ。嘲るような、歪んだ笑みが。

「一組長として、暴走した羅刹を粛清しに来たってことかな?」

「なっ……!」

それなら仕方ないか、なんて。彼の言葉があまりに予想を外れたもので、一瞬あたしは返す言葉を失った。何を馬鹿な。

「違っ、あたしは……」

「ねぇ」

漸く否定を口に出来ようという時、総司があたしの声を遮る。彼の顔からは笑みが消え、冷たすぎる視線があたしを見下ろす。

「いい加減、目障りなんだ。僕の周りをうろちょろするの、やめてくれない?」

ーー黙るしか、なかった。
何を言い返すことも出来ない。目障りだ、なんて。そんな本音を告げられてしまったら。

「……こんな場所まで来てたのか」

黙り込むあたしの背後から声が聞こえた。総司を探しに来た、左之とイチくんだ。
呆れたような口調の左之は、だけど心配そうな顔をしていた。イチくんは周囲を見回しながら総司に声をかける。

「単独行動の挙げ句がこれか。……派手に動き過ぎだろう」

不満げに目を伏せる彼に構わず、イチくんは続けた。

「近藤さんは山を越えた。……命に別状は無いだろう」

「そっか……良かった……」

総司の肩から力が抜ける。あたしも同じく、ほっと息を吐いた。
だが安堵の間もなく、遠くから呼び子の音が響いてくる。仲間の陣営の異変を感じたのだろう、薩長軍の連中が集まり始めているのだ。あたしたちはすぐに大急ぎで走り出し、伏見奉行所を目指した。



「……馬鹿野郎どもが」

帰り着いたあたしたちを出迎えたのは、不機嫌そうな顔をした土方さんだ。だが、総司の姿を目にした瞬間、彼も少しだけ安心したように見えた。きっと、すごく心配していたんだろう。
総司を止めるためとはいえ、あたしも勝手に隊を離れたのは事実だ。弁明する気もないし、黙って頭を下げる。

「今回の件は大目に見てやる。だが、二度と勝手な行動を取るな」

「奇遇ですね、土方さん。僕も似たようなこと考えてたんです」

何故か明るい声音でそんなことを言うから、あたしは顔を上げて隣に立つ総司を見上げた。彼は、にっこりと微笑んでいる。

「近藤さんが助かりましたから、僕も今回は大目に見ようと思います。……けど、僕は土方さんを許したわけじゃない」

表情に反して口調は刺々しく、目は欠片も笑っていない。
総司は一方的に言い切ると、そのまま玄関に向かってしまった。

「麻倉」

彼の背中を呆然と見送っていると、土方さんがあたしを呼んだ。

「なんて顔してやがんだよ、お前は」

「……まいったなぁ。今の土方さんに心配されちゃうほど、ひどい顔してる?」

「してるよ、馬鹿」

疲れたような苦笑でそう言うと、あたしの頭をくしゃりと撫でる。乱暴なのに優しい、こういう撫で方をするのは土方さんと左之だけだ。

「……どうした」

「言わなくたってわかってるくせに」

「そうだな」

それからポンポンと手のひら全体を使って叩く。俯きがちになった顔が、さらに下を向く。

「……なんか、ごちゃごちゃしてる」

「ん?」

「ぐるぐる、ごちゃごちゃ、べにゃべにゃ、もしゃもしゃしてる」

「わかんねぇよ」

「あたしだってわかんないよ」

こんな気持ち、たぶん初めてだ。いろんなことを考えて、考えなくちゃいけなくて、考えすぎて、わけがわかんなくなってる。ひとを励ましてる場合じゃない土方さんに、愚痴みたいに零してしまうくらいには。

「お前にもそんなことがあんだな」

「え?」

「お前はいつも自信満々で、何も考えてねぇみてぇに笑ってたり、何でもわかってるみてぇに笑ってたり、ひと馬鹿にするみてぇに笑ってたり、そうと思えばいきなり怒り出したり、やっぱり馬鹿みてぇに笑ってたりしてやがってたからな」

「……ちょっと待って、それ、なんかあんまりいい印象じゃなくない?」

「だが、最近のお前はらしくねぇ」

「聞いてる?」

あたしの声を聞き流して、土方さんはもう一度あたしの頭をぽんと叩き、それからこちらに背を向けて歩き出した。仕方ない。溜め息をひとつ吐いて、あたしも彼に続くように奉行所内へと足を向ける。

『らしくねぇ』

「…………らしく、かぁ」

あたしらしいって、なんだったかな。






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