「土方さん、雪村です。お茶をお持ちしました」
「おう。入れ」
失礼します、と断りながら部屋に入ると、室内に予想外の人影を見つけて目を瞬いた。机に向かって手紙か何かを書いているのは土方さん。ここは副長室だから、それには何も問題ない筈。私が見つけたのは、壁に凭れて書物を読んでいる少女だった。
「……クラちゃん?」
自室にいる時と同じくらい寛いでいるらしい彼女の名を呼ぶと、目は紙面に落としたまま、手だけが応えるように挙がる。土方さんが筆を置いて、呆れた顔で振り返った。
「千鶴、茶」
「あ、はい!」
慌てて湯飲みを手渡すと、土方さんはお茶に口をつけながらクラちゃんに目を向ける。そして呆れ果てた様子で事の経緯を説明してくれた。
土方さんの部屋には、歴史書などの書物がたくさん置いてある。それをクラちゃんが読みたいと言い出し、特に断る理由もないので許可して、今に至るらしい。
「ったく、『鬼の副長』の部屋で読書に耽る奴なんざ、こいつくらいだろうな」
呆れたような感心するような声に、苦笑いだけ返しておいた。
ふと思い出したことがあって、紙面の文字を熱心に追っている少女の名を呼ぶ。
「クラちゃん。そういえばさっき、沖田さんが探してたみたいだけど……」
「総司が?……大方、暇潰しの相手でも探してんでしょ」
「あいつにまで乗り込んでこられちゃ迷惑だ。適当に相手しとけ」
「えー?まだ読んでる途中なのにぃ」
「書物は逃げねぇだろうが。いいから行ってこい」
「……はーい」
渋々、といった様子で部屋を出ていった彼女に意識せず苦笑いが零れた。
池田屋事件の際に胸部に受けた攻撃のせいで、沖田さんは休養を命じられているのだ。行動範囲も限られてしまっているし、ひどく退屈そうにしていた彼の相手が出来るのは、他の幹部たちが仕事に就いている今、クラちゃん以外にいないと思う。
とりあえず、お仕事の邪魔にならないよう私も退室しようとすると、土方さんに呼び止められた。
「千鶴。あいつはいつもあんななのか?」
「クラちゃんですか?……まあ、大体は」
「そうか……」
何事か考え込んでいるような様子に首を傾げる。
「……いや、あまりにもあいつがガキらしくないもんでな」
「……え?」
土方さんの発言に目を丸くした。
クラちゃんはその外見に相応しく、沖田さんと遊んでいる時など子どもらしい面を見せることが多い。料理などをしている時は、その手際の良さから子どもらしくないと言えるかもしれないけど、見せる表情は年齢相応と言っていいと思う。子どもらしくない、と私が思うのは、彼女が刀を振るっている時の姿くらいだろうか。
「俺たちには想像もつかない経験してきたからだろうが……あのガキ、下手な大人よりずっと大人だな」
……確かに、クラちゃんは大人なのかもしれない。そう言われてみれば、彼女の表情を数えるほどしか見ていないと気付いた。喜怒哀楽がないわけではないのだけど、必要以上に表現しないというか……例えば取り乱したり、ということがないのだ。
「まぁ、俺たちとの間に一線引いてるとか、そんなところだろ」
「……」
「あいつの立場を考えれば当然のことだ。あいつは俺たちを信用してねぇし、俺たちもあいつを信用しきってねぇ」
「……そう、ですよね……」
そしてそれが私にも当てはまっていることに、私が気付かないわけがなかった。