王政復古の大号令が下され、将軍や幕府が地位を失い始めたことで、京の都は大きく揺れ動くこととなった。

慶応三年の大晦日も迫ってきた頃、薩長両藩は本格的に軍備を整え、続々と京へ軍隊を集結させた。将軍職を辞した徳川慶喜は大坂へ下り、旧幕府軍もそれに追従して大坂には戦力が集結し始めた。
新選組は他藩の戦力とともに、大坂と京を繋ぐ伏見街道の要所、伏見奉行所の警護を命じられる。
ーー新選組は池田屋事件などに関わるたび、幕府に反した志士らを多く殺してきた。薩摩藩や長州藩の勢力から見れば、その新選組は不倶戴天の仇敵なのだろう。京の都は、一触即発の緊張状態に置かれていた。



夜の奉行所警護は、羅刹隊を中心に行われている。

「不安そうな顔すんなよ、千鶴。あっちは大した人数も揃ってないんだからさ」

顔を強張らせていた千鶴に、そう言って笑いかけたのは平助だ。続いて語る山南さんの口調は自信に満ちている。

「幕軍には圧倒的な戦力がある。薩長も、すぐに思い知ることでしょう」

「しいて気にかかることをあげるなら、向こうの部隊が西洋化されてることかな」

外国製の武器が何だと言うのだ、と山南さんはやはり幕軍が優勢だと言い切るけれど、悪いがあたしが頷くのは総司の言葉のほうだ。人数の利があれど、武器の性能によってそれは簡単に覆る。刀主体で旧式の銃や大砲しか持たない幕軍相手なら、新式の銃やらを持つ薩長軍にも勝機はあるだろう。

「……何より幕軍には、私たちのような羅刹がいるのですから」

山南さんはそう小さく呟いてから、千鶴たちに背を向け、そのまま建物の中へ歩いて行った。
……その羅刹を作った変若水だって、もともとは渡来の薬だって聞いてるけどね。

それから、目を離すのも心配だからと山南さんの後を平助が追っていき、残されたのは千鶴と総司、それからあたし。
平助の背中を見送っていた千鶴がひと呼吸ついた時、総司が思い出したように口を開いた。

「ところで、どうして君たちは夜の警備に参加してるのかな?」

総司の隣に立つ千鶴は、彼の質問に答えあぐねている様子で俯いてみたり明後日の方向を向いてみたりしている。千鶴は昼間も他の隊士の手伝いをしていたのだが、平助の様子を気にして夜の警備にも出てきたのだ。……いや、平助だけじゃない。彼女のことだ、おそらく総司とあたしの関係も気にしているのだろう。まったく、本当にいつもひとのことばかりなんだから。

「……今回の敵は薩摩なんだよ?君を狙う鬼も参戦してるだろうし、きっといつもより危険な戦いになる」

「わ、わかってます!……でも、じっとしてるなんて……」

「別に『何もするな』なんて言ってない。君みたいなお子様は、早く寝ろって言ってるの。昼に働けば?土方さんや斎藤君と一緒に」

「それは……」

「君もそうだよ、クライサちゃん」

そこで初めて、総司がこちらを向いた。彼らの背後、奉行所の屋根の上に腰を落ち着けていたあたしのほうを。

「なに、まさかあたしまでお子様呼ばわりするつもり?」

「そんなつもりはないよ」

あれ以来初めて合う目は、ひどく冷たい色をしているように思えた。初対面の時の、警戒色を多く含んだそれよりも、ずっと。

「君こそ昼間に動けなくちゃならないんだから、夜は体を休めるべきでしょ。現一番組組長さん?」

ーーそれは挑発めいているようで、自嘲めいた笑みだった。

「……そんなもの、拝命したおぼえ無いんだけど」

「戻ることのない組長の“代理”なんて、もう必要ないよ。せっかく一番組を指揮する実力と人望があるんだし、そのまま組長になっちゃえばいいじゃない」

「勝手なこと、」

「ねぇ、クライサちゃん。僕の体調はもう回復したんだ。補佐は必要ない。……君、もういらないから」

無表情で告げられたその言葉に、あたしは何も答えなかった。千鶴が何か言おうとしてたけれど、それを待たぬまま総司は彼女のそばを離れていってしまう。

「……クラちゃん……」

不安げな、心配そうな目があたしを見上げてくる。あたしはそれに苦笑で返し、屋根から飛び下りた。砂を踏んだ足が小さな音を立てるが、気にするほどではない。

「ごめんね、やなとこ見せた。……あたしの自業自得だから、アンタは気にしないで」

「そんな……」

「……自業自得……だけど……」

“いらない”

「ちょっとだけ、寂しいね」

もう背中は見えない、彼の去っていったほうに目を向けたあたしが呟くと、千鶴が頭を撫でてくれた。その手が温かかったから、少しの間だけ、彼女に甘えることにした。





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