「ふぅ……」

「はぁ……」

溜め息ハモった。

「ふん……大丈夫か?」

土方さんも、何かから解放されたように張り詰めた空気を解き、自然ないつもの表情であたしたちに向き直る。

「うん、大丈夫」

「お前にゃ聞いてねぇよ」

あれー?

「悪かったな」

「……いえ。こちらこそ、ありがとうございました」

「礼を言われるようなことじゃない」

「でも…」

千鶴は何事か問いたそうに口を開き、慌てて言葉を飲む様子が見て取れた。聞きたいけど、聞くのが怖い。そんな疑問を抱いている様子だ。
さすがに土方さんも気付いたようで、話があるならさっさとしろ、と先を促す。千鶴は躊躇いがちではあったけど、もう言いかけてしまったのだからと再び口を開いた。

「あの……どうして私を守ってくれるんですか?」

「お前は話を聞いていなかったのか?俺は別にお前を守ったわけじゃない。隊規を山南さんに守らせただけだ。大体山南さんだって、お前を殺そうとはしてなかったんだろうが」

呆れたような顔で土方さんは答えるけど、千鶴は首を横に振る。今のこともそうだけど、それだけじゃない。

「先日の風間さんたちの襲撃の時だって、新選組の皆さんは命をかけて私のことを守ってくれました。私が目的だったんだから、守らずに身柄を渡してしまったって良かったのに……」

「あいつらは薩長の一味だ。敵が来たら戦って倒すのは当たり前のことだろうが。戦いに、命をかけることもな」

それに、綱道氏を探し出すのに、娘である千鶴は必要だ。元々そういう理由で千鶴をここに置いているのだろう、と当然のことのように言うけれど、やはりそれは彼女の納得する答えではない。今更綱道氏を見つけ出したところで、ここまで膨らんでしまった問題が急に解決するなんてことは有り得ないのだ。

「お前のことを守ると言って預かったんだ。守らねぇでどうする。武士に二言はねぇ。状況が変わったからって、初めの話をころころ覆すような奴は武士じゃねぇんだ」

素直じゃないの。
綱道氏の話が口実だということは、さすがに千鶴でもわかっただろう。指摘すれば怒られるのは目に見えているから、あたしも黙っておくけどね。
いい加減、千鶴も自覚したらいいんだよ。そんな口実をつけてまで彼女をここに置き、守ってやる新選組の、土方さんの心情。千鶴が大好きだから守ってやりたい、というあたしの理由と、そんなに変わらないことを。

新選組に受け入れられ始めてるんじゃないか、と希望を抱きはじめた千鶴は、それならば仲間として何かしたい、いや調子に乗っては駄目だ、という二つの気持ちを戦わせていた。……わかりやすい。
暫し悩んだ後、思い切った様子で顔を上げ、土方さんに何か手伝わせてくれと申し出た。もちろん、彼女にそういったことを望んでいない土方さんは一気に不機嫌そうな顔つきになる。

「お願いです。私も役に立ちたいんです。どんなことでもしますから」

だけど千鶴も頑張る。ここで引き下がっては何も変わらないと思ったのだろう。ちゃっかり仕事しちゃってるあたしとは違って、自分はただ守ってもらっているだけだと思い込んでいる千鶴が、何も手伝えないことに日頃から悩んでいたのはよく知ってる。
重い沈黙が流れた。あたしが口を挟むのは違う気がして黙っていると、ふいに土方さんがぼそりと呟く。

「……隊士が行くよりは目立たねぇな」

そして筆と紙を用意しろと言い出し、慌てて応じた千鶴がそれを渡す。土方さんは不機嫌そうに無言で受け取ると、地図らしきものを描き始めた。

「……斎藤が三浦警護で天満屋に詰めてるのは知ってるな?」

「はい」

「あいつに渡して欲しいものがある。届けてきてくれ」

「私でいいんですか?」

「ああ。隊士が行ったら目立って仕方ないからな。当然、そいつも」

てへ。土方さんの視線を受けて、頭に手を当てつつ舌を出す。巷で人気の麻倉さんは、確かに隠密行動に向きません。こりゃ千鶴の護衛も今回は請け負えないね。

「お前でないと駄目なんだ。任せて大丈夫だな?」

「はい、もちろんです!!」

自分でも役に立てることがある。それも、お前でないと駄目なんだ、なんて言い方をされたことがとにかく嬉しかったのだろう。土方さんから書状を受け取り、地図を描いてもらった紙を手にしっかりと握った千鶴は、行ってまいります、と喜び勇んで出掛けていった。

「かーわいいなぁ」

「……」

とにかく素直でまっすぐ。稀少動物を見るような気持ちで彼女を見送ったあたしの隣で、やれやれといった様子で土方さんが溜め息を吐く。

「気遣い屋さんも大変だね」

「……麻倉」

「わかってる」

土方さんは頷いて、あたしの頭をぽんぽんと叩いてから部屋を出ていった。山南さんの相手ご苦労さん、の意味でもあったんだろうか。

さて。同じく部屋を出たあたしは、障子戸を閉めながら二人の名を呼ぶ。

「山崎君、島田君」

「はい」

間髪入れずに現れてくれる二人に苦笑した。まったく優秀な監察方たちだ。

イチくんへの連絡は、腕も人間も信頼できる幹部連中にこそ任せられない仕事だ。顔を知られた隊士を使いに向かわせるわけにはいかない。
かといって新参の平隊士では信用できない。どこかの間者である可能性は大いにあるのだ。
疑われることなく使いに出せて、どこの回し者であるはずもない者、となれば、千鶴が選ばれるのも道理。それにはきっと、イチくんも納得するだろう。まぁ最初は驚くだろうけど。
でも、彼女を一人でうろちょろさせるわけにはいかない。特に天満屋はこの屯所から結構距離があるのだ。厄介なのに狙われている彼女を長時間一人にするなんて、心配にならないわけがない。

「今、千鶴をイチくんのところへ使いにやったから。気取られないようについていって、何かあったら守ってあげて」

「了解しました」

「鬼に襲われるようなことがあれば、一目散に連れて帰ってきてよ。担いででもいいから、三人揃って帰ってきて。これ、副長命令だから」

「承知しました。……麻倉さんは絶対に出て来ないでくださいよ」

「わかってるよ小姑!」

まったくもう、山崎君は一言多いんだから!






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