「な、んで、アンタが……それを、」

ーー間違えた、と思った。

総司の顔を見て、後悔した。凍りついたかお。
……どうして、嘘でも、否定出来なかったのか、と。


動揺で周りが見えていなかったあたしは、羅刹の振るった一撃に反応出来なかった。刀の柄でこめかみの辺りを殴られ、勢いのまま襖に突っ込む。

「……う……、」

変若水によって強化された筋力だ、速度も衝撃も違う。襖と一緒に倒れた体をすぐに起こそうとするけれど、頭がぐらりと揺れて難しい。殴られた辺りから血が流れ出てきたのを感じた。
血を求める声がする。取り落とした刀を探すけど、それを握る前に、霞む視界の向こうで白髪が揺れた。

その姿に、呼吸が止まった。


「   」

総司、と。
唇が形を作るが、音にはならない。

あたたかい色の茶髪を白に染めたその人は、自身と同じ、人ならざるものを次々に血の海に沈めていく。……ただの一度も、あたしを振り返ることなく。

その場に立つ羅刹が己一人となった時、総司の体は糸が切れたように崩れ落ちた。雪のような白髪は、元の茶色へと戻っていく。
だが、未だ動けないあたしは、彼の元へ駆け寄ることも出来ない。

「あっはははは!最高だよ、麻倉!想像してたより、ずっといい顔だ!」

薫が狂ったように笑っていた。あたしの目前に立ち、酷く濁った眼でこちらを見下ろす。

「不思議だなぁ。おまえの苦しむ顔が、こんなにも渇いた俺の心を満たすなんてさ。そんなもの、千鶴だけだと思ってたのに」

「…………お、まえ……」

心底楽しそうな笑みを浮かべる薫が、真っ白になったあたしの頭を塗り潰す。赤、黒、ごちゃごちゃに色付く脳内に比例するように、あたしの口から零れるのは形にならない呻きだけだ。握り締めた刀を力任せに振るえば、薫は軽やかに後方へ飛び退り、外套を翻しながらあたしを見やる。

「こんなものは序の口だよ。ーーせいぜい俺を楽しませてくれよ、麻倉、沖田」

そうして闇に溶けるように消えた彼を、追うことは出来なかった。









油小路から辛うじて帰ってきた千鶴と左之、新八は、瀕死の平助を連れていた。
御陵衛士や薩摩勢、鬼との乱戦の中、平助は千鶴を守るために刀を手放したのだそうだ。そこを天霧につかれ、重傷を負った。
誰の目にも助からないと見て取れる状態の平助は、生きる決意をした。人を捨て、羅刹となる道を選んだのだ。ーー総司と、同じように。

屯所を襲った風間の目的は、あくまで薩摩の依頼による時間稼ぎで、暫くイチくんたちと対峙した後、彼は去っていった。
イチくんや源さんたちには怪我はなかったが、羅刹隊は大打撃を受けたようだ。風間に斬られた者のほか、血に狂ってしまった者も少なくない。羅刹でない隊士もまた、多く失った。

『ごめん』

風間の襲撃や油小路で怪我を負った者の手当て、羅刹の骸の処理などに幹部や隊士が慌ただしく駆け回る。その屯所に戻った土方さんと近藤さんに皆が報告を済ませた後、残ったあたしが真っ先にしたのは、彼らに頭を下げることだった。

『ごめんなさい。総司を羅刹にしたのはあたしだと、あたしのせいだと傲慢を言うつもりはないけど、きっかけになったのは間違いなくあたしだ』

いくら総司のことを任されていたとしても、彼らがあたしを責める筈がないことはわかっていた。いつか総司がその道を選ぶかもしれないと、可能性を知っていた彼らなら。
そして謝ったところで彼らを困らせるだけだということもわかっていた。だけど、謝らないわけにはいかなかった。どうしようもなく身勝手だけれど、きっとそれはけじめだったんだと思う。

可愛がっていた弟分が選んでしまった道を、そう簡単には受け入れられなかったのだろう。近藤さんは黙したまま、だけど目を伏せ、あたしに向かって頭を下げた。
土方さんは近藤さんのその姿を暫し見つめ、やがて立ち上がると、あたしを部屋の外へ連れ出した。苦渋に顔を歪ませた近藤さんを残して。

『総司を頼む、という言葉は、今のお前には重荷か?』

屯所の中は、夜を徹して騒がしさに包まれていた。
廊下に出て、夜風の冷たさを感じた土方さんは、肩越しに背後のあたしを見やり、頭の傷に障らないかと気遣ってくれた。そうして問うた、その言葉。年のはじめに西本願寺の屯所で聞いたそれは、確かに、今のあたしには。

『……保留、して。今のあたしは、きっと、その言葉を言い訳にしちゃう』

新選組副長の“頼む”は、免罪符になってしまう。ダメなのだ。あたしに、誤った大義名分を与えてしまっては。


それからあたしは、総司の部屋を訪ねることをしなくなった。






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