結い上げられていた長い黒髪は肩の上でばっさりと切られ、出で立ちは艶やかな着物姿でなく黒の戦装束。
南雲薫のその姿は、まごうことなく男のそれだ。

「これが、私の本来の姿。わけあって性を偽っていたことは謝ります」

「へぇ、君、男だったんだ。……なるほどね」

総司はそれほど驚いていないようだ。気付いていたのか、どうでもいいと思っているのか……まぁ、後者だろうけど。
そういうあたしも、あまり驚いてはいない。薫を初めて見た時に感じた違和感の正体が、千鶴に似ているということだけでなく、性別に対するものでもあったとわかって納得したくらいだ。

「その男の南雲薫さんが何の用?こんな時に遊びに来るなんて、もしかして風間の野郎の仲間だったりして?」

「……いいえ。大切な妹を、ただ子を産むためだけの存在としてしか見ないような奴らに、協力するつもりはありません」

「……妹?」

「はい。千鶴は私の、双子の妹です」

場違いとも言える微笑みを浮かべて、薫はあっさりとそう言った。

「ふぅん。そりゃ顔も似てるわな」

「じゃあ、君も鬼なんだね?」

「はい。……冷静ですね、お二人とも」

そりゃ、この程度でいちいち驚いてたらキリがない人生歩んできましたから。

どうも薫の話では、雪村家が倒幕の誘いを断って滅ぼされた折、千鶴は綱道氏に連れ出され、薫は土佐の南雲家に引き取られて離れ離れになったのだそうだ。そして二人の本当の親は既に亡くなっており、綱道氏と千鶴は血縁関係に無いと。
それから、薫は己の持つ刀をあたしたちの前に差し出した。その刀は“大通連”といい、千鶴の小太刀、“小通連”の対となる刀だという。つまり千鶴と薫は、本当に兄妹なのだと。
千鶴のほうはすっかりぽっかり忘れてしまっているようだから、この話を聞いたらすごく混乱することだろう。

「前置きはもういいよ。アンタの目的は何だ?その千鶴を取り返しに来たとでも?それとも新選組を潰しにでも来た?この部屋に来たってことは、総司に用かな?」

「私はーー」

「ああ、それから……その猫かぶりも、もういらないよ」

薫が口を閉ざし、沈黙が室内を満たす。
しかし数秒も経たないうちに彼の唇は孤を描き、くくっ、と笑い声が零れ落ちた。

「やっぱり、おまえにこんな嘘は通用しないね。さすがは新選組の麻倉だ」

彼の纏う空気がガラリと変わった。張り付けられた微笑のかわりに酷薄な笑みが浮かんだ顔は、巡察中に会ったあの時に見た黒い感情を思い出させる。吐き気がするような悪意。

「千鶴と同じ血が流れて同じ顔してるくせに、なんでこうも違うのかねぇ」

「違いすぎる環境で育てば嫌でも変わるものさ」

薫は語る。彼の引き取られた南雲家は、子を産ませる女鬼が欲しかったのに、薫という“ハズレ”を引いて激怒したのだと。

「俺はどんなに虐げられても仕方ないよね。何をされても子どもを産めやしない男なんて、所詮“価値が無い”んだ」

きっと、自分が幾度となく繰り返された言葉を、彼は歌うように告げた。
だというのに、同じ顔をして同じ血を継いだ妹は、恵まれた環境で育てられ、幸せそうに笑っている。自分は、たかが性別の違いで酷い冷遇を受けたというのに。

「だから俺は、千鶴に俺と同じ苦しみを受けさせてやろうと、新選組に近付いたんだよ。あいつの幸せな顔を崩してやろうと思ってね!」

「っ悪趣味……!」

「……だけど、」

羅刹よりもよっぽど狂気を孕んだ目があたしを見る。まったく、千鶴と同じ色形をしているくせに、そこに映る感情があまりに違いすぎる。

「おまえと出会って、気持ちが変わったよ」

「は……?」

「前にも言ったな。『毎日が充実してる。楽しくってしょうがない。そんな顔をしてる』って」

「ああ……まぁ、言ってたね」

「そんなおまえの顔が、千鶴の幸せそうな顔より、遥かにムカついてしょうがなかったのさ」

「…………あぁ?」

はっはーん。なるほど、標的を千鶴からあたしに変えたわけね。上等だ。あの子に何かされるよりは、こっちに来てくれたほうがずっとマシ。全力で叩きのめせるしね。

刀に手をかけたあたしの後ろで、ずっと黙って話を聞いていた総司が息を詰めた気配がした。何事か、と周囲に注意を向けた途端、四人の羅刹が飛び込んでくる。

「羅刹隊か……!」

「こんな時にっ!」

なんてタイミングの悪い!
身構えた総司を声で制し、刀を抜いたあたしは羅刹たちに向かって駆け出す。
羅刹に有効なのは必殺の一撃。首を落とすか心臓を突くか。ちょっと傷をつけてやるぐらいじゃ、驚異の回復力を持つ彼らには意味が無い。
あたしは羅刹と戦うのは初めてだが、もっと厄介な相手とだって戦ってきたのだから、負ける気はしなかった。
だけど、南雲薫の存在が、あたしを焦らせる。精細さを欠いた剣では羅刹を仕留め切れず、あたしに出来たのは彼らを廊下へ押し返すことくらいだった。

「……沖田総司。おまえに、これをやるよ」

部屋の入り口で羅刹たちと対していたあたしの背後、薫が口を開く。相変わらず笑みを浮かべている彼が差し出したものに、あたしと総司は目を見張った。
ガラスの小瓶に入った、赤い液体。
変若水。

「この薬は……」

「なんで、アンタがそれを……!?」

「綱道さんから貰ったんだよ」

なんでーー、
なんで、あたしを狙う筈のアンタが、総司にそれを渡す!?

「ダメだ総司!!」

羅刹の振るう刀を受け止め、切り返しながら、声を張り上げる。だけど総司は答えなかった。ただただ小瓶を見つめて、黙するだけで。今すぐそれを叩き割ってやりたいと思うのに、そう出来ないことが悔しい!

「ふざけるな、南雲薫!!アンタの狙いはあたしだったんじゃないのか!?」

「良心だよ。戦いたいと叫ぶことしか出来ない沖田に、人を捨ててでも戦う道を示してやったんじゃないか」

「だからふざけるなって、」

「ほら、ちゃんと前見ないと。おまえのほうが死んじゃうよ」

「くっ……!」

確かに、非常に悔しいことに、今のあたしには余裕がない。まだ一人も羅刹を片付けられていないことがその証拠だ。

「ほら、沖田。なにを迷うことがあるんだい?それを飲めば、また戦えるようになるんだ。そこの羅刹たちだって、おまえならすぐに倒せるだろ?」

黙れ、言うな。あたしは叫ぶ。総司が、この羅刹たちのようになってしまうなんて。
総司は動かない。彼の葛藤に終止符を打つのは、皮肉にも。


「おまえが羅刹になれば、麻倉が“同情”でおまえのそばにいる必要もなくなるんだから」






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