ーー京の都にある無数の裏道の一つ、油小路。
千鶴は左之や新八たちとともに、御陵衛士襲撃の指定場所へと出かけて行った。

本来なら、あたしが千鶴の護衛につくべきだったのかもしれない。かつての同志たちを斬るという状況は、左之や新八、他の隊士たちに彼女を守る余裕を与えてはくれないだろう。
だけど、あたしにその選択は出来なかった。
あの土方さんが、あたしに待機を望んだのだから。

『あたしの敵になるなら、誰でも殺せるから』

平助を“殺せてしまう”あたしに、彼は行くなと言外に告げたのだ。

心配でないわけではない。
あたしが行けば、彼女は平助の説得に集中出来るだろう。左之と新八も、己の目前の敵に集中出来る。万が一の場合、あたしが平助を殺してしまう形になるかもしれないけど、少なくとも、あたしの目の届く範囲なら千鶴を守り切れる筈だ。
だけど、あたしも行く、と言えなかった、もう一つの要因。
嫌な予感が、したのだ。

(あたしの選択は、間違ってはいないだろうか)

その予感が、どこに向いたものなのかはわからない。千鶴たちか、衛士か、それとも屯所に残る者たちか。
その中であたしが選んだのが、屯所に残ること……総司の守護だった。

「ーー麻倉さん!」

総司を休ませた後、広間の隅で思考に耽っていたあたしを呼んだのは、山崎君だった。
黒の忍装束に身を包んだ彼は、珍しく慌てているようだ。山崎君の声に引かれるようにして、源さんも広間へ入ってきた。

「なに、どうしたの。伊東の暗殺にでも失敗した?」

「いえ……それ自体は成功です。我々は伊東の死体を囮に、御陵衛士を油小路におびき寄せ包囲しました」

だがその際、新八たちと御陵衛士の双方を包囲する形で、薩摩の連中が横槍を入れてきたのだ、と山崎君は言う。

「更に悪いことに、その中に鬼のーー天霧九寿と不知火匡の姿がありました」

「……!は、ホントにヒマな鬼連中だね」

心配ではあったが、左之や新八なら大丈夫だろう、とどこかで思っていた。余裕のない状況でも、必ず千鶴を守ってくれるだろうと。まして平助なら、千鶴が傷付くのをよしとする筈がない。あたしが行かなくても大丈夫だと、思っていた。
だが、あの鬼たちが現れた、というなら話は別だ。

「敵の数はこちらを大きく上回っていましたが、恐らくあの人たちならば暫くは持ち堪えてくれる筈です」

「早急に援軍を送らなければならないね。動ける者は、私と島田君と、」

「あたしも行ーー」

突然響いた外からの轟音に、山崎君と源さんと、あたしは顔を見合わせる。そこに飛び込んできたのは島田君だ。

「大変です!鬼が襲撃して来ました!」

……なるほど、そういうことか。

「油小路には天霧と不知火。こっちには風間……か」

嫌な予感の対象は、全部だったわけだ。





外に飛び出したあたしたちを待っていたのは、纏わりつくような血の匂いと、骸の群れだった。
羅刹でなくとも血に酔いそうな惨劇だ。千鶴がこの場にいなくて良かったと思う。……かといって、あちらにいるのが良いかと聞かれれば頷けはしないけれど。

「この骸は皆、羅刹隊……これを風間が一人でやったと……?」

「羅刹隊ということは、迎撃に出たのは山南さんか……彼はどこに?」

「……あちらです!」

島田君の示す方向へ目を向ければ、風間の一閃が、山南さんと共に躍りかかった羅刹の一人を叩き斬るところだった。

「……おのれ……!」

「他の雑魚より多少はマシだが……お前も所詮はまがい物か」

ちっ、腐っても鬼か。
風間は迫る羅刹を一蹴しながら、まるで散歩でもするように歩みを進めている。山南さんだけが辛うじて食い下がってるけど、それでも相手にすらなってない。
ふと、風間がこちらを向いた。

「……ほう?小娘、貴様が残っているとはな。雪村の娘についているものだと思っていたが」

「るっせぇタコ。アンタと遊んでるヒマはないんだよ。帰れ!ハウス!」

「まがい物の次は貴様が相手になるか?少しは楽しませてくれるのだろうな」

「ぶああぁ聞いてないし!!もうやだあの婚活鬼!コミュニケーション取る気がないよ!!」

そんなあたしと風間のやり取りを聞いていたのかいないのか、山崎君と島田君、源さんが刀を抜く。

「気をつけなさい、皆。うれしくない話だが、敵は風間だけではない。……絶対に背を空けては駄目だ」

血に酔った羅刹が敵味方の区別をなくし、こちらを襲ってこないとは限らない。
源さんの言葉を聞いて、はっとした。

「……ごめん、みんな。ここは任せていいかな」

「……ああ、もちろんだとも」

鬼を相手に戦力を落とすと告げているというのに、あたしの意図を察してくれた三人は力強く頷いてくれた。


飛び込むように屯所内に戻ったあたしは、全速力で廊下を駆けていた。
夜も遅く、外に出ている者たちも多いせいで、今の屯所にはあまり隊士は残っていない。外の騒がしさに反比例するように屯所の中は静かだが、決して気を抜いてはいられない。

突き当たりを曲がった途端、現れた人影。白髪赤眼の男を目にしたあたしの耳に、その背後から名を呼ぶ声が届く。クライサ、と。落ち着いた声音。
それに応じたのは口でなく体で、羅刹が突き出した刀を頬すれすれで避けたあたしは、頭から飛び込むようにして床に片手をつき、でんぐり返しの要領で羅刹のすぐ脇を転がり抜ける。
男の背後では声の主が、既に刀を抜き、納めていた。首を落とされた羅刹が床に崩れる。

「イチくん!」

「……羅刹隊の暴走が始まったか。厄介なことになったな」

すぐさま立ち上がり、あたしは風間が襲撃に来たことを彼に伝えた。源さんや山崎君たちが戦っていることを聞けば、イチくんは頷いてそちらへ足を向ける。

「わかった。お前は早く総司のところへ行け」

「まかして!」

今みたいに、血に酔った羅刹たちが屯所に侵入してくるかもしれない。そいつらに総司が襲われたら、今の彼ではーー

「総司!」

それからすぐ、あたしは彼の部屋に辿り着いた。休んでいた筈の総司は、外の戦いの音に気付いていたのだろう、既に戦いの姿勢を整えていた。刀を腰に差し、くすくすと笑っている。

「遅かったね。なかなか呼びにきてくれないから、自分から行こうと思ってたところなんだ」

「……バカ」

呼びになど、来るものか。

「あたしがここに来たのは、アンタを守るためだ。戦いには、イチくんが出てくれたよ。アンタはおとなしく寝てな」

「……うるさいなぁ。別に僕の腕は衰えたわけじゃない……!僕はまだ戦える!!」

「自覚しろ、沖田総司!今のアンタは戦えないんだ!!」

途端、総司の目の色が変わった。
稲妻のような反射神経で抜かれた刀は、ーーしかし、あたしに向けられることなく床に転がり落ちる。
呆然とそれを見下ろした総司は、ふいに口を笑みに歪めた。

「これが……今の僕か……、新選組一番組組長、沖田総司か……」

どんな言葉もかけられないあたしは黙するだけだ。床に落ちた彼の刀を拾おうと、身を屈めようとしたところで、室内の新たな気配に顔を上げる。
……そして、舌打ちした。

「何の用だ、南雲薫」






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