「斎藤!?……なんでここにいんだよ!?」

近藤さんと土方さんに続いて入ってきた人は、御陵衛士として袂を分かった筈の斎藤さんだった。

「やっほー、イチくん。元気そうで何よりだよ。おかえり」

「なんでクラちゃん驚いてないの!?……って、え?『おかえり』って……?」

交流禁止の筈の御陵衛士の人がいるなんて、土方さんが許すわけが……え?なに、『おかえり』って、いったいどういう……

「え、だってイチくん、新選組に復帰するんでしょ?なら『おかえり』だよ」

「へ?……いやちょっと待てクライサ。ほ、本当なのか、土方さん?」

クラちゃんはあっさりとした口ぶりで言い放つけど、私も原田さんたちも混乱している。
私たちの注目を受ける土方さんは、クラちゃんを見て苦笑したようだった。

「なんだ、気付いてやがったのか。一応、極秘にしてたんだけどな」

「……申し訳ありません、副長」

「いや、仕方ねぇさ。こいつがやたら鼻のきく奴だってことはわかってたしな」

ふふん、と鼻を鳴らすクラちゃんは誇らしげだ。

「斎藤君はな、トシの命を受けて、間者として伊東派に混じっていたんだよ」

近藤さんの言葉で、漸く事態に私の頭が追いついた。
敵を騙すには味方からと言うけれど、斎藤さんはずっと伊東派のふりをしていただけだったのだ。

「で、今になって戻ってきたってことは、伊東派に何らかの動きがあったってことでいいんだよね?」

道を違えたと思っていた斎藤さんと、また一緒にいられるのは凄く嬉しい。安堵に笑みが浮かんだ私たちだけれど、反対に笑みを消したクラちゃんがそう言うと、斎藤さんは頷いた。土方さんと近藤さんの表情も険しい。

「この半年、俺は御陵衛士として活動したが、伊東たちは新選組に対して明らかな敵対行動を取ろうとしている」

伊東さんは、幕府を失墜させるために羅刹隊の存在を公表しようとしている。そのために薩摩藩と手を組んだ、という話もあるそうだ。
人道的とは言えない羅刹の存在が明るみに出て、幕府お抱えの新選組が関わっていたなんて知れたら、きっと新選組は罪に問われ、幕府も大打撃を受けることになるだろう。

「そして、より差し迫った問題がもう一つ。伊東派は新選組局長暗殺計画を練っている」

「局長……こ、近藤さんを……!?」

渦中の人である近藤さんは、難しい表情のまま押し黙っている。とりあえず土方さんの話を聞いてくれ、ということみたいだ。

「御陵衛士は既に新選組潰しに動き始めている。……坂本龍馬が暗殺された件は聞いたか?」

「あー……なんでも、俺がやったとかいう話だよなぁ」

「聞いたなら話は早ぇ」

土方さんの話では、その噂を流したのは御陵衛士だということだ。紀州藩の三浦さんが、新選組に依頼して原田さんに殺させた、と。三浦さんには身に覚えがないらしいけど、噂を信じた輩に襲撃されるかもしれない。

「三浦の警護は斎藤に頼むことになる。斎藤は周りから見ると、伊東派から出戻りしたようにしか見えねぇからな……」

「わきまえています。ほとぼりが冷めるまで、俺はここにいないほうがいいでしょう」

前振りはここまでだ、とばかりに土方さんの言葉が途切れた。ーー皆が、土方さんの言葉を待っている。

「伊東甲子太郎……羅刹隊を公にするだけでなく、近藤さんの命まで狙ってるときた」

一同の視線を受けながら、土方さんはまるで独り言のように、かつて同志であった人の名を口にした。……鬼の副長の二つ名を思い出させるような、淡々とした声音で。

「残念なことだが、伊東さんには死んでもらうしかないな」

「う……む……。やむを得まい……」

副長が指示を出し、局長が認めた。
それは取りも直さず、新選組の総力で伊東さんを殺すということを示していた。

そこから、人を殺すにしては、あまりにも整然とした指示が飛んだ。
まず、伊東さんを近藤さんの別宅に呼び出す。接待には土方さんも回る。
その後、伊東さんの死体を使って残りの御陵衛士を呼び出して、斬る。その実行隊は、永倉さんと原田さん。

「で、土方さん。僕は誰を斬ればいいんですか?」

「お前は寝てろ。麻倉と、斎藤もまだ数日はここにいるから、相手してもらってろ」

「……恨みますよ、土方さん……」

呆然としていた私は、肩を誰かに叩かれたことに漸く気付いた。

「……クラちゃん?」

「ごめんね。目も耳も、塞いであげればよかったね」

淀みのない空色の眼差しに、呼吸が戻ってきた気持ちになった。クラちゃんの後ろには斎藤さんがいて、同じように私を見ている。

「でもアンタは、きっとそうはいかないだろうから」

「え……?」

「……御陵衛士はこれで終わる。平助を呼び戻すつもりがあるなら、これが最後の機会になるだろう」

ーーっ!!
そうだ、伊東さんを殺して御陵衛士を呼び出すなら、その中には平助君がいるんだ……!

「あの、土方さん。御陵衛士の……、平助君はどうするんですか……?」

もちろん助けてやるのだろう。
笑みさえ浮かべて永倉さんは言ったけれど、土方さんの返答は、

「……刃向かうようなら斬れ」

「………………え?」

あまりにも端的で、冷徹で、その場の空気を凍り付かせた。

そんなの、納得出来るわけがない。私は、去っていく土方さんの背に向けて叫び声を上げる。

「斬れって……平助君を斬れってことですか!?平助君がどうなったっていいってーー」

「そんなわけがなかろう!!」

私の言葉を遮ったのは近藤さんの声だ。

「……トシだって、本心では助けたいと思ってるんだ。……トシには俺からも後で話しておく」

近藤さんは、声を荒げた自分を恥じるように、苦しそうに顔を歪め、小さく呟く。
……そうか、近藤さんも辛いんだ……きっと、土方さんも、皆も……。
そう気付いて俯いたら、私の頭をクラちゃんが撫でてくれた。彼女も、辛いんだろうか。……きっと、彼女も。

「すみませんでした……取り乱して……」

「いや、むしろ嬉しかったよ。……平助は皆に慕われているのだなぁ」

大きく息を吐くと、近藤さんは頬を緩める。それから、平助君と相まみえるであろう二人に向けて静かに告げた。

「永倉、原田。局長ではなく近藤勇として頼む。……平助を見逃してやれ。……出来るなら、戻るように説得してほしい」

「……ああ」

「……やってみる」


ーー私は、どうしたらいいんだろう。
私に、できることは。
私が、したいことは。

右の手のひらに、感触。見れば、クラちゃんが手を握っている。目の合った彼女に表情は無かったけれど、しっかりと頷く仕草が確認出来た。

(…………平助君)


「……お願いします。ご迷惑はかけません。私にも、手伝わせてください」

本来なら、私は関わるべきじゃない。
今回、皆が行うのは警護でも巡察でもなく、かつて同志だった人の暗殺、袂を分かった人たちへの襲撃だ。
わかっている。わかっているけど、だって、平助君と会える機会があるとしたら、ここしかないのだ。

もちろん、皆、気軽に頷いてはくれなかった。近藤さんの顔にも、普段の温かみのある表情は浮かんでいない。ただ岩のように厳しい顔のまま、私の決意が固いことを知ってくれた。






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