坂本龍馬。
先日の巡察の時に永倉さんが話していたように、大政奉還を主導したことで有名な人で、薩摩や長州と繋がりも深い、土佐藩の浪人。
一時期は、所司代や見廻組、新選組でも血眼になって探していた。だけど先日の大政奉還を機会に、手を出すなとの命が下りていたのだ。そのあたりの事情はよくわからないけど、とにかく重要な人物だった。

私が改めてその名を聞いたのは、井上さんの口からだった。

「その坂本龍馬だが……暗殺されたらしい」

原田さん、永倉さん、沖田さん、クラちゃんがその言葉に顔を上げる。

「マジかよ源さん。……いったい誰がやったのか話は出てるのか?」

「坂本は敵が多いしな。倒幕派か佐幕派か……個人的な恨みなら、紀州の三浦って奴ももめてたよな」

「あはは。実は僕らが一番疑われてるんじゃ?ねぇ、クライサちゃん」

「……ま、新選組じゃ、多分あたしが一番アイツとやり合ってるからね」

「えっ、そうなの?」

「どうせ殺されんなら、僕が斬っておけば良かったなぁ」

「おいおい、おめぇのは冗談に聞こえねぇよ。つーか俺らは手ぇ出すなって言われてただろーが」

坂本さん……私は面識がないけれど、きっとその死が国を揺るがすような、すごく重要な人物だったんだと思う。皆の騒がしさがその事実を物語る中、私の隣に座るクラちゃんが眉を寄せていることに気付いた。

「クラちゃん?」

「……坂本の野郎、ひとをおちょくる天才でさ。何度も追いかけっこしては逃げられたよ」

確かに、新選組が坂本さんを探していた頃、クラちゃんはよく彼に遭遇しては逃げられた、と悔しそうに零していた。あのクラちゃんを何度も出し抜くなんて、本当にすごい人なんだと、知らないながらに感心したことを覚えている。

「そのくせ妙に友好的に話しかけてきやがって、なりゆきで一緒にお団子食べたこともあったなぁ」

「えっ!?」

「勘定の段階で逃げやがって、あの時の金、返してもらってないし」

それをきっかけに色々と思い出したのか、クラちゃんは眉間に皺を寄せてあれやこれやと坂本さんの所業を語る。酒屋の店先に置かれた大瓶を壊してそれを新選組のせいにしたとか、隊士を鴨川に落として風邪を引かせたとか。何度も斬り合ったけれど、いつも勝負のつかないうちに逃げられてしまったとか。……坂本さんって確か、平助君や山南さんと同じ北辰一刀流の出で、免許皆伝の腕だって話じゃなかったかな……そんな人と斬り結ぶって、本当、クラちゃんって……

「とにかく、いちいち殴りたいって思わされる奴だった。ここまであたしをおちょくってくれた奴はいないってほどにね。実際、何度か殴ったし」

「そ、そうなの……」

握り締めた拳をぶるぶる震わせて、空色の双眸を炎のごとく燃やしながらクラちゃんは言う。だけど、ふいにその目を細め、拳を解いた。

「でも、殺したい相手じゃなかった」

ーーその言葉には、クラちゃんの色々な感情が込められているように思えた。




「知っての通り、政治的な判断もあるし、私たちは近藤さんから坂本龍馬に手を出さないよう下命されている」

だけど世間はそう見てくれないようだ。井上さんは語る。現場に新選組隊士の鞘が落ちていたらしく、取り調べの問い合わせがきていると。

「鞘って……そんなの証拠になるんですか?」

「なるわけないっしょ」

「ああ、どう考えても単なる言いがかりだろうよ。……で、誰の鞘だって言ってるんだ?」

「それがなぁ。あんたなんだ、原田君」

井上さんの回答に、私は思わず驚いて声を上げてしまった。決して原田さんを疑ったわけじゃない、あまりに意外な人の名前が出たせいだ。

「あらヤダ。てっきりあたしの名前出してくんのかと思ったのに」

「そしたらお前、たぶん土方さんに斬られんぞ……」

「なんだ、左之さんが斬ったんだ?僕も呼んでほしかったなぁ」

「馬鹿言え。問題の俺の鞘はここにあるんだぜ?話にもならないな」

沖田さんがからかうように笑うけれど、原田さんは面倒そうに肩を竦めた。井上さんは微笑みを浮かべて頷く。

「私も皆も最初から疑ってないよ。……だが、世間が信じてくれるかわからんのが困るなぁ。先方も犯人をしぼりきれないのだろうね。紀州藩の三浦休太郎が新選組に依頼して暗殺した、って話もあったよ」

「三浦さんって、さっき永倉さんが言っていた……」

「うん。Q太郎も坂本といざこざがあったって話だから、犯人だと疑われてるんだろうね」

…………なんだろう。いまクラちゃん、何か聞き流しちゃいけない発言をした気がする。

「新選組の仕業にしたい奴もいるだろうしなぁ。つっても、俺たちが知らない以上、新選組が手を下したわけねぇよ」

「山南さんが勝手に動いたんだとしたら、別ですけどね」

沖田さんの発言で、その場が静まり返った。
確かに、最近の山南さんはそういうことに手を染めてないと、誰も言い切れない雰囲気がある。廊下ですれ違った時、こちらを見る目はひどく乾いていて……まるで、血に飢えているみたいだった。
原田さん、永倉さんが同意するように口を開くなか、クラちゃんは目を伏せて、押し黙っている。

「山南さんは大丈夫なのか?俺らから見ても、最近の夜の巡察はやり方がひでぇぜ……」

「俺らで気をつけるしかねぇよ。羅刹隊の存在を表に出すわけにゃいかねぇし」

クラちゃんが目を開け、顔を上げる。彼女の視線を追えば、廊下に面した障子戸が開くところだった。

「……その件についてだが」

そして土方さんと近藤さんが広間へと入ってくる。ーー彼らの後に続いて姿を現した人物に、私は目を疑った。






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