「ねぇ、土方さんって爆発しないの?」

「するか阿呆」

寝転がったソファーの肘掛けから、だらりと頭を垂らせば、長い髪がカーペットの上で渦巻きを作る。
顔を横に向けると、ダイニングテーブルでノートパソコンを弄っている土方さんが逆さに見えた。京にいた頃は彼の後頭部で揺れていた長いポニーテールは今は無く、もう見慣れたとはいえ未だにちょっぴり寂しい気持ちになる。
整った横顔を眺めていたら、画面を睨んでいた紫紺の眼がこちらを向いた。

「筋おかしくすんぞ」

「体やわらかいから大丈夫」

「骨痛めんぞ」

「そんなに柔じゃないから大丈夫だよ」

「頭に血が上るんじゃねぇか」

「大丈夫だってば。心配性だなぁ」

「行儀が悪い」

「あっはは。最初からそう言えばいいのに」

体を下にずらすことで頭をソファーの上に引き戻すと、土方さんの姿は背もたれの向こうに消えた。
目を伏せる。キーボードを叩く音。タタ、タタタタ、タタ、とリズムを刻むようなそれがふいに途切れ、おや、と思えば、ふぅ、と短く息を吐く音。そしてまた、タタタ、とキーボードを叩く音が続く。
なんだ、煙草か。ヘビースモーカーな彼に心の中で溜め息を吐くが、窓は開いてるしと文句は飲み込む。いつも彼がしているように、窓を閉めたままの書斎を煙でいっぱいにされたわけじゃないから、今日は黙っていることにした。煙草に関して文句を言うと、土方さんはとっても機嫌を悪くするから。

「ねぇ、俳句は詠まないの?」

「なんだ、藪から棒に」

「今日はいい天気だから。京にいた頃は、こんな日によく詠んでたじゃない、豊玉宗匠?」

「……詠まねぇよ」

「えぇー」

「ああもううるせぇな!てめぇは昔から、俳句のことなんかわかりもしねぇくせに馬鹿にしてきやがって!」

「そりゃわかんなかったけど、総司が懇切丁寧に教えてくれたから。っていうか馬鹿になんてしてないじゃん」

「してただろうが!!」

相変わらずソファーに転がっているあたしからは土方さんの様子は窺えないけど、多分パソコンのほうには集中出来なくなってるんだろう。
ほんと、俳句のことを持ち出されると弱いなぁ。そんな土方さんの弱点を教えてくれたのは総司で、発句集を副長室から盗み出しては、あたしに読み聞かせてくれたものだった。

「俳句のこと少しは学んだ今だから下手くそだって言うけどさ」

「言うなようるせぇな!」

「でもあたし、結構好きなんだよ、土方さんの俳句」

うん、決してうまいとは言えないけど、まっすぐで心温まるものばかりだった。うまいとは言えないけど。

「『しれば迷い しなければ迷わぬ 恋の道』とか」

「わざわざ言わなくていいんだよ!!っつーかよりによってそれか!!」

「『梅の花 一輪咲いても 梅は梅』とか」

「てめぇ、見えねぇと思って笑ってやがんだろ!!声でわかるんだよ!!」

「総司だって、下手だからいじってたわけじゃないよ。下手だけど、好きだからしょっちゅう句集持ち出して眺めてたんだよ。下手だけど」

「下手下手言うなようるせぇな!!」

だからそういうリアクションするから、からかわれるんだってば。前々から思っていることだが言わない。たぶん彼自身もわかっていることだろう。

「あいつの口から、好きだって聞いたこともあったし。『さしむかう 心は清き 水鏡』とかね」

「……もう黙ってろ」

あ、照れた。
タタタ、と再び響き始めた音に、あたしはにやりと笑う。まったくもう、本当こういうことに関してはわかりやすい人だ。

「『動かねば 闇にへだつや 花と水』」

「……誰の句だ?」

「さぁねー?古典の先生ならわかるんじゃないの?」

にゃーにゃにゃにゃー。
素晴らしいタイミングで携帯が鳴って、それに応じてあたしは体を起こした。液晶画面に映る名前に笑みを浮かべ、メールを開く。本当、妙にタイミングのいい奴だ。

「おい、クライサ」

「さ、買い出しにでも行ってきますかねー。夕飯なにがいい?」

「あぁ?」

「あ、総司来るから煙草それがラストね。ちゃんと換気しといてよ」

「はぁ?」

「あぁ、とか、はぁ、とか、ちょっと何なのその反応。ちゃんと聞いてる?」

「……あー、わかったよ。とっとと行ってこい」

でっかい溜め息吐いて、吸いかけの煙草の先を灰皿に押し付けて火を消す。しっしと追い払うような手の動きと土方さんの顰めっ面に、あたしは声を上げて笑った。






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