「…お、沖田くん……」

「却下。そっちじゃないってば」

「……っ、そ、そう、……じ、く…………」

「うん?」

「そう、そ、そう、………っや、やっぱり無理ですっ!」

…………ああ、平和っていいなぁ。

千鶴の赤面と総司の悪戯顔、平助の苦笑を遠くから眺めるあたしの顔に、生温かい笑みが浮かぶ。
10分間の休み時間は、前後に教室移動さえなければ、自由なお喋り時間へと変貌するケースが多い。クラス内の多くはお喋りに励み、また別の教室に遊びに行ったり机に突っ伏して寝ていたりと、それぞれ有意義に過ごしているようだ。
何やら楽しそうにしている総司たちから少し離れた自席、窓側の一番後ろの席で、やっぱり千鶴はかわいいなぁと顔を綻ばせていると、前の席に横向きに腰を下ろした人がいた。

「あれは何をしている?」

イチくん、こと斎藤一。風紀委員なんかになるような真面目な性格は昔のままだが、口調や雰囲気は随分くだけたようだ。
呆れた顔で『あれ』もとい千鶴、平助、総司の三人組に目を向けながら、イチくんはあたしの机に紙パックのいちごミルクを置く。休み時間になってすぐ、自販機に飲み物を買いに行く、と言う彼に、あたしも何か飲みたい、と頼んだのだ。さすが、あたしの好みをよくご存知で。

「ありがと。総司がね、千鶴に『総司君』って呼ばせようとしてるみたい」

「…………」

紙パックにストローを刺しているあたしに向けられる無言の視線。なんでまたって疑問がそこに込められていることくらいわかる付き合いだ。

「ほら、千鶴って敬語の癖抜けてないでしょ。それがどうやら総司にゃ不満らしくってさ」

「…………」

今度は深い深い溜め息。くだらないって顔に書いてある。

今でこそ千鶴とイチくんたちは同い年だが、昔はみんな千鶴より年上だったのだ。彼女にとってはみんなが目上の相手。さん付けも敬語もいらない、と早くに言っていた平助を除いて、生まれ変わった今でも全員に対して敬語が抜けていないのだ。
教師陣は問題ないが、同じクラスの総司やイチくんに対しても敬語っていうのはちょっとおかしい。敬語が癖っていうならまだしも、千鶴は他の相手には普通にタメ口だし。だから一応、総司とイチくんには昔会ったことがあって、その時に敬語を使っていたから癖になっているのだ、と疑問を持ったクラスの面々には説明しておいたのだが。

「今更変える必要もないと思うが……」

「だよね。イチくんならそう言うと思った」

でも、総司の気持ちもわからんでもないのだ。
せっかく同い年に生まれたのだから、『沖田さん』でなく『総司君』と呼ばれてみたい、とか。
………………。

「いや、無いなぁ……」

「唐突に何だ」

「千鶴が平然と『総司君』呼びしてるの想像した。無理。無い。聞いてるこっちもさん付けに慣れすぎてる。こりゃ『斎藤君』も無いね」

「だろうな」

「『一君』も無いなぁ……あ、ここは意表をついて『一さん』にしてみる?奥さんみたい」

「…………」

「照れんな」

微かに頬を染めた様に白けた視線を送れば、イチくんはわざとらしく咳払いをする。

「お、お前は何をしているのだ?あの三人の輪に加わらないのは珍しいが」

「誤魔化すの下手だなぁ」

「……うるさい」

「まぁいいや。見ての通り、料理雑誌広げてんだけど」

「何故?」

「ねぇ、やっぱこの時代で『なにゆえ』はおかしいって。普通使わないって。前も言ったじゃん」

「……癖なのだ。仕方ないだろう」

「土方さんも言ってたよ。『斎藤は堅すぎていけねぇ』って」

「なに、本当か…!?」

「嘘だけど」

「……」

イチくんがガックリと肩を落とす。疲れた様子で額に手を当てるが、ダメだよ、まだまだこれから、漸くエンジンかかってきたところなんだから。っていうかこのぐらいで疲れないでほしい。あたしなんかよりよっぽど疲れる総司の混ぜっ返しに、長いこと付き合ってきたイチくんじゃないか。
……あ、でも休み時間あと半分だ。イチくんをからかって遊ぶのは楽しいけど、それで休み時間終わっちゃったら機嫌損ねるな。ご機嫌取りするのも面倒だ。

「それで、何故料理雑誌を広げている?」

「そりゃあレパートリー増やすためでしょうよ。総司がご飯食べにきた時とか、メニューに困るんだよね」

土方さんは和食派で総司は洋食派。別にどちらかを選んで片方が文句を言うわけじゃないけど、迷うのがそもそも面倒くさい。だから新しい分野を開拓しようと思ったのだ。

「あ、そうだ。イチくんもたまにはご飯食べにおいでよ。家近いんだしさ」

「いや……俺は遠慮する」

「えー、いいじゃん、おいでよ。土方さんも喜ぶし」

「そ、そう…か?」

「うん。斎藤の味噌汁が久々に飲みてぇなってこの間言ってたよ。これは本当」

「そ、そう…か……」

「……」

本当、どうなんだってくらい土方さん好きだよね、イチくんてば。いっそあたしじゃなくてイチくんが土方さんの弟ポジションとして生まれてきたらよかったのに。
…………。
ダメだ、その家。あたしと総司がうっかり入り浸ってしまいそうだ。

「おい、クライサ!」

聞き慣れすぎた声があたしを呼ぶので嫌々顔を上げれば、プリントの山を抱えた土方さんが教室に入ってくるところだった。そうだ、次の授業って古典だった。

「ちと準備室に来い。まだ荷物があんだよ」

「そのプリントの他に?ちょっと、何枚配るつもりなのさ」

「いいから来い。休み時間終わっちまうだろうが」

「そもそもなんであたしなの。よりによって一番遠い席の人に声かけること?」

近場にいっぱい生徒いるんだから、誰か手伝ってくれる奴いねぇかって声かけるだけで済むじゃないか。なんだかんだで土方さん、生徒にゃ人気あるんだから。
土方さんが手伝わせる相手は大抵あたしだから、クラスのみんなは慣れた様子であたしたちのやりとりを眺めている。廊下の奴らまで、窓の向こうからこっちを見てる。おいこら見世物じゃないぞー。
教室の後ろで千鶴や平助と状況をニヤニヤしながら見守っている総司は、こんな時に限って黙ってるし。まぁ口出しゃ巻き込まれることはわかりきってるからだけど。

「身内こき使って何が悪ぃんだよ」

「その身内の気分が悪いよ!いらんわそんな逆贔屓!!」

「……土方先生。手伝いなら俺が行きますが」

「おう、そうか。悪いな斎藤、助かる」

このままでは本当に休み時間が終わってしまうと判断してか、イチくんが立ち上がりつつ申し出れば、険しくなっていた土方さんの顔は笑みに綻ぶ。
ーー次いで、焼き切られそうな目が一瞬だけこちらを見た。後で覚えとけよ、と。

「……はん、上等だ。受けて立ってやろうじゃないか……」

「クラちゃん…目が怖い……」

「あはは、クライサちゃんってばすっかり殺る気だね」

「ほんと、お前と土方さんって昔と変わんないよなぁ……」

やっぱりイチくんが弟になってたらよかったんだ、土方さんのバーカ!!






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